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カンブリア爆発

先カンブリア時代というのは地球創生の時(46億年前)から5億4000万年前までを指している。その後にカンブリア紀が来る。先カンブリア時代には微生物しかいなかったことになっている。ところがカンブリア紀になると、突然三葉虫のほか様々な無脊椎動物が現れる。これをカンブリア爆発という。

正統主流の進化論者はその理由について一切語ってこなかった(最近ようやくいくつかの説が聞かれるようになったが)。一般に言えば、科学者はこうである、あるいはこうなるとは言うが、なぜこうなのか、なぜこうなるのかについては触れようとしない。説明できないからだ。コップになみなみと水を注げば飲み口より上に盛り上がる。学校では先生が偉そうに、これが表面張力である、と教える。科学者はこんなすごいことを発見したんだと言いたげだ。そかしそうだろうか。我々の多くはそんなことは経験的に知っているではないか。ただ理由がわからないだけだ。ところが科学者も同じく理由は解らないのだ。彼らは単に名前を付けたに過ぎない。

高校くらいになるとこれにまやかしの説明が加えられる。水(液体)は自ら収縮して、できるだけ小さな表面積を取ろうとするからだと。だがこれもな『何故』には答えていない。まるで水に意思があるかのような説明をして、では水には意思があるのかと聞くと、逆に馬鹿にされるだけだろう。こうしたまやかしの論理は科学の教科書のいたるところに出てくる。

カンブリア紀になって何故いきなり様々な無脊椎動物が現れたのか。我々はその答えを知りたいのであって、カンブリア爆発などという名前を知りたいのではない。ここでも科学者は名前を付けただけで、確かな答えは与えていない。我々は教科書を前にして思案し、何か答えにつながるヒントはないかと探してみる。だが教科書のどこを読んでもそんなことは書かれていない。科学者はとても臆病な人種なので、誰かに足を掬われる可能のある論文は発表しない。すなわち推論や仮説段階の説明は、それが非の打ち所がないと確信するまで発表はしない。だが非の打ち所のない推論や仮説などそう簡単にできるものではない。したがって多くの場合、様々な事柄についていかなる説明もないままになっている。


所長の見解

カンブリア爆発ヒントは地層にあると思われる。先カンブリアの地層は普通大きく褶曲(しゅうきょく/ 波打っていること)している。ところがカンブリア紀以降の地層はまっすぐな板を重ねたようにきれいに地層が重なっている。先カンブリアの地層が褶曲しているのはわかる。何億年、何十億年の間に造山運動などによって圧迫を受け、波打ったのだと想像できるからだ。ところがカンブリア爆発以降、地層は5億4000万年も経っているのにほぼ真っ直ぐだ。

これはグランド・キャニオンのむき出しの地層を思い浮かべていただければ分かると思う。普通わずか1000万年、いや100万年でも、生き物たちの活動や自然の風化、水の浸食、そして土地の隆起や陥没によってでこぼこができたり歪んだりするはずだ。なのにあんなに真っ直ぐなのは膨大な時間の経過があったとはとても思えない。いったい生き物たちはどんな生活をしていたというのだろう。5億4000万年もの間、雨が降ったり川ができて大地を侵食したりしなかったのだろうか。一度も洪水は起こらなかったのだろうか。グランド・キャニオンの地層を素直に見れば何億年も一度もそうした侵食がないまま地層がきれいに重なり、その後でまとまった洪水が一度だけやってきて大地を削り、崖と谷を造ったということになる。これは科学者が、地層は様々な侵食や圧迫を受けながら積み重なってきた、と主張する理論とは相容れない。

我々は科学というものを宗教のように信じ込むように教育されてきているので、なかなか素直に自分の感性で判断ができない。無垢な子供の目で、変なものは変、理由が分からないものは何故、と問うてみる必要がある。

では一体どうしてこうなっているのか。一つの推論は、素直にそんな時間の経過はなかったのだと考えることだ。先カンブリアの地層が現存する真に時間経過を表した地層であり、それ以降の地層は別のメカニズムによってできたと考えればいいのだ。別のメカニズムとは何か。それは洪水だ。

1960年のチリ地震津波は22時間半後に日本の太平洋岸に達し、死者行方不明者142人を出した。日本での最大波は6メートルだった。地球の裏側からわずか22時間余りでやってきた津波に、当時はジェット機よりも速いスピードで到達した、と話題になったものだ。ではもっと大きな津波はどうなのだろう。例えば50メートル、100メートル、いや500メートルといった津波の場合はどんなことになるのだろう。

これは浅川嘉富氏が『恐竜と共に滅びた文明』という本に書いていることだが、まず考えられるのが全海洋への波及だ。太平洋、大西洋、インド洋を問わずほぼ全ての海域へ津波は波及して行くに違いない。もう一つは地球を何度も回るという現象だ。なぜなら地球を一周してもその勢いは衰えず、全エネルギーを使い果たすのに何周も回ると考えられるからだ。さらに500メートルの津波となれば海岸からそうとう奥地まで入り込むので、海岸はもちろん多くの平野で地層の攪乱が起きるだろうと予想される。魚類や大型生物は多少の時間生き延びられても、小さな生物の類は泥と共に一番下に沈むことになる。やがて魚類や小型哺乳類が沈み、少し遠くまで逃げ延びていた大型哺乳類が最後に水に呑まれて、一番上の層に収まることになる。こうして進化の物語どおりの地層が出来上がる。

しかし世界では逆転地層も見つかっている。褶曲によって逆転したと説明できる地層もあるが、中には地層の逆転を証明できないものもある。これらは一つの考えとして、一気に津波に飲み込まれ、逃げる間もなくすべての生物がほぼ同時に死んだ場合、大型動物から順次沈むことになる。これを後で見ると、進化の物語とは反対の、まるで逆転した地層に見えることになる。

さて45時間くらい経つと地球を一周して第二の津波が襲ってきて二回目の攪乱が起きる。しかしこのときは泥の中に埋まった全ての動物が舞い上がるわけではない。45時間の間にある程度固まり、しかも二回目は一回目よりも攪乱は激しくないはずだからだ。こうして津波が繰り返し巡ってくることで次々に地層が重なり、グランド・キャニオンのような地層が出来上がったと考え得られる(まだ削られてはいないが)。これを後で見れば先カンブリアの地層の上に(すなわち微生物層の上に)、いきなり様々な生き物の化石が現れ(小型生物)、その上に大型生物が現れ、さらにその上に何の生活臭もない地層が重なることになる。

こうして地層がしっかり固まった後、長い年月が過ぎて、あるときとんでもない豪雨に見舞われたとする。するとそこに濁流ができ、大地が削られ、一気に深い渓谷が刻まれることになる。この大洪水は一回きりで、それ以後大きな自然災害は起らない。とすると、そこにグランド・キャニオンそのままの地形が出来上がるだろう。

ところで「学校という洗脳機構」のところで、月は空洞であるという話をした。実は月が地球に同じ方向を向けているということは、内部に物質の偏りがあることを示している。例えばピンポン玉の内部の一箇所に鉛をくっ付けて置くと、必ずピンポン玉は鉛の部分を下にして静止する。これは地球の中心に向かって重力が働いているからだ。このピンポン玉を遙か上空に持っていけば鉛のある方向を常に地球に向けることになる。すなわちこれが月だ。月が同じ面を地球に向けているということは内部に物質の偏りがあるということであり、内部に偏りがあるということは空洞があるということになる。それではなぜ空洞なのか。一つの推論は、そこにはかつて水が詰まっていて、いつの時点かで水が噴出したということではないだろうか。

月イメージもともと月は地球の衛星にしては大きすぎると言われてきた。他の惑星を見れば分かるように、普通衛星はその惑星と比べると非常に小さい。なぜ地球の衛星だけがあんなに大きいのか。残念ながら科学はこれに答えることはできない。もしかしたら月はどこからかやって来て地球に捉えられたのかも知れない。その時に強力な引力によって地殻に亀裂が入り、内部の水が飛び出したのかも知れない。でなければ、他の星が月に接近し、その星と地球に挟まれた月の地殻が歪んで、同じように亀裂が入り、内部の水を噴き出したのかも知れない。このときに降り注いだ大豪雨がグランド・キャニオンの渓谷を造ったのではないか。これが学会の定説という色眼鏡を通さずに見た推論だ。

さて、カンブリア爆発の謎について学者が何も語らず無視を決め込んでいるので、淺川氏のように在野の研究家が色々と興味深い仮説を発表している。上記も淺川氏の仮説に私の考えを加えたものだが、読者はこうした仮説は結局は仮説で終わる運命で、永久に証明も反証もされないだろうと思うかも知れない。しかし本当にそうだろうか。現在、進化論においても古代史においても様々な深刻な問題が明るみに出て、これらに関する正統主流の学説はもはや信じるに値しないものとなりつつあるからだ。もし学問の巨塔としての学会の権威が地に落ちることになれば、一気に今言ったような仮説が脚光を浴びるに違いない。その時はそう遠くないと私は思っている。


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