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無脊椎動物から脊椎動物

進化の次の大きな節目は無脊椎動物から脊椎動物への移行だ。無脊椎動物は烏賊(イカ)や線虫の類を除けば外側に骨格を持っていると表現できるだろう。その代表的なものは蟹、昆虫、貝類などだ。

さて進化が徐々に継続的に起こったとしたら、外側にあった骨格がいかにして体の中心に移動していったのだろうか。常識で考えても、徐々にというのは不可能に思える。蟹の甲羅が徐々に、何世代にも渡って体にめり込んでいったとしたら、その間皮膚はどうしたのか、内臓の位置や構造をどう変えていったのか皆目見当がつかない。いっそのこと、いきなり内部骨格ができて甲羅が皮膚に変わった、と考えた方がいいのではないか。だがこれにも問題がある。それではDNA上の突然変異が大規模に、しかも奇形とならないように奇跡的な配列で同時に起こらねばならないからだ。前にも言ったように突然変異はそのほとんどが奇形となる。そして淘汰されてしまう。良質の突然変異など実際には起らないと言う人までいる。外骨格が内骨格に変化する大規模な突然変異が偶然DNA 上でうまい具合にできるなど、常識で考えてあり得ない。このような手品のような詭弁をどう信じたらいいのだろう。


所長の見解

染色体の2重螺旋は細胞核の中にあり、そこにはアデニン、チミン、グアニン、シトシン(A、T、G、Cと略す)の4種類の物質が並んでいる。これらは隣り合った3つ(例えばATC、GGAなど)でコドンと呼ばれ、DNAの言語単位となっている。これらのコドンがいくつか集まって、特定の蛋白質を作ることがわかっている。これらのことは現代科学が解明したことであり、最先端のテクノロジーに依るところが多い。

分子イメージさて、これらのことはすごいことのように思えるが、本当にそうだろうか。私に言わせれば、すごいのは自然のこうした仕組みであって、それを発見したことではない。これらの発見は、天文学で言えば、夜空の輝く星が黒い天幕の穴ではなくて(実際にそう信じられていた時代があった)、そのほとんどが太陽のような天体であることを発見した程度のことだ。すなわち、それらはどうしてそのようになったのか、なぜ、何者がそのように造ったのかが解らないという意味では、問題のほんの入口に立ったに過ぎない。

さて外骨格の生物が内骨格になるには徐々にというのは不可能に思えるという話をした。であればDNA上のA、T、G、Cが一気に、何万、何十万という単位で有意義な配列に突然変異を起こさねばならない。こちらの方も誰が考えても不可能だろう。しかし実際には内骨格の生物が生まれたわけだから、そこには第三の、我々のまだ知らない仕組みが潜んでいると考えなければならない。

そのヒントはクリプトンという物質にあると思う。この物質は原子番号36の希ガス元素だ。沸点が-153度なので、それ以上の温度では気体となる。ところがこれが脳の松果体の周りに存在すると言う者がいる。もちろん普通の科学者ではない。科学者は沸点が分かっているので、人体のような+35度を超えるような高温のところではクリプトンは存在し得ないと思っているからだ。しかしこれを言い出したのは、ジャン・ピエール・プチという、フランス国立科学研究所の主任研究員の要職にある、れっきとした科学者だ。

彼はウンモという星から来たという異星人が、幾人かのスペイン人のところへ送ったという2000通に及ぶ手紙を読み、科学的な考察を行なった。手紙は彼が読んでないものを含めると6000通にもなるという。内容は人類の知識を遙かに凌駕するもので、芸術的センスはまったくないものの、科学の分野では多岐に渡る高度な知識を披露しているという。その中にクリプトンに関する記述があり、クリプトンは松果体を通して、脳が次元を超えた世界と繋がる役割を果たしているというのだ。それだけではない。クリプトン(及び同じ希ガスのラドン)はDNAの中にも存在し、環境の変化や四次元、五次元からの情報圧力によって大規模な突然変異を起こすというのだ。

私が個人的に知っている外科医に松果体について聞いてみたところ、彼は今の医学では松果体が何をしているのかよく分かっていないと言い、付け加えて霊的な世界と繋がる役割を持っているのではないかと噂されていると言っていた。専門家の中にも、公には言わなくても現代科学を超えた推論を行なっている人はいるようだ。ジャン・ピエール・プチのように公に言う人は、相当な確信があるからだろう。

さてもし四次元や五次元、あるいは霊界と言い換えてもいいが、そうした世界と脳やDNAがクリプトンやラドンを媒介して通じ合っているのだとしたら、大規模な同時多発的な突然変異が可能となる。これは具体的にどういうことを物語っているのだろう。それはプラトンのイデア論にあるように、我々の次元を超えたところに真の世界があって、その写しとしての現象がこの世に現れるのだという、まったく新しい矛盾のない理論体系が出来上がることになる。

現代科学は物的証拠を必要とする学問なので、物質を超えた領域には発展しない。これは哲学が担うべき領域だ。本来哲学はすべての学問の先頭に立ち、それらの向かうべき方向を指し示す役割を担ってきたが、1930代を境に哲学はその役割を担い切れなくなった。世の中のグローバル化と変化のスピードについて行けなくなったからだ。この時から人類は世界規模の覇権主義と利潤追求という非人間的な道へ暴走を始めることになった。

我々はもう一度人間の全体像を取り戻さなければならないだろう。もしそれが霊的世界や異次元をも含むものであれば、それをも取り込んだ人間解釈をしなければならない。その作業を進める
中で、自ずから突然変異の謎も解けてくるのではないだろうか。


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