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水中から地上へ

生物が水中から地上へ出たのも大きな謎だ。地上へ出る前、生物は水の中で生態系を完結させていたはずだ。なのに何故過酷な条件の地上へ出なければならなかったのか、あるいはどんな出るべき必要に迫られたのかその理由が分からない。学者の言うように生存競争の激しくない地上へ逃れようとしたのだろうか。とんでもない。当時水中生物が地上に出るのは、我々が火星や金星に移住するよのと変わらない。

他の星へ我々が移住する場合、当然空気と温度と圧力が問題となる。火星や金星に大気はあるのか、あったとしても似たような大気なのか、それはどのくらいの気圧なのか。また温度はどれだけ違うのか。現代科学の説明を信じる限り、生身の体での移住は100%不可能だ。

海中では水中生物はどうだったのだろう。まず彼らは肺を持っていなかったので肺呼吸ができなかった。温度は水中と地上では20度以上も違っていただろう。これは我々が空気のない環境へ移住すること、今快適と思っている温度よりも20度以上高い環境に移住することを意味する。そんなところに何故わざわざ出て行こうとしたのか皆目見当がつかない。

学校では水中生物は肺魚の段階を経て地上に出たと教えている。しかしこれもまたまやかしの論理でしかない。肺魚が地上へ出るための過渡的形態なら、なぜ今もなお同じ形態で生息しているのだろう。しかも進化論とは完全に矛盾しているにも関わらず、学校では肺魚を「生きた化石」と平気で呼んでいる。

我々の疑問は明快だ。なぜ未だに肺魚は肺魚のままなのか。なぜ肺魚に限って進化は起こらなかったのか。今となれば(まだ水中にいるのだから)地上で生活するためでもなかったのに、何故肺を持ったまま生きながらえてきたのか。当然のように科学はこれに答えられない。


所長の見解

このような問題は本来哲学が担うべきであって、物質世界の範疇を超えた考察を伴わなければ答えは出てこないだろう。では具体的に問題解決の道はあるのだろうか。

ヒントは多様性にあると思う。宇宙は今も無数の星を生み出し、それらの星は様々に変化していっているように見える。地上では無数の生物が生まれ、様々に変化していっているように見える。私の考えでは、見えない世界も含めた宇宙全体は、多様性へ向かうという一つの法則を持っているように思う。

もちろん仮説だが、生物はDNA の中に外界や自らの経験から得た情報を溜め、それを松果体を通して異次元(霊界または四次元や五次元など)へ送っているのではないだろうか。そこは(プラトンの言うように)この物質界より精妙な世界であって、集められた情報は精査され、新たな形態・機能へと組み換えられる。それが再びこの世に送り返され、松果体を通して各細胞核に伝えられると、その情報圧によってDNAが組み換えられるのではないだろうか。すなわちこのとき大規模な、同時多発的な突然変異が起こり、生物は一気に進化するのではないだろうか。

このような仮説は現代科学を史上最高の宗教に祀り上げている人にとっては到底受け入れることのできないものだろう。しかしそういう人たちは科学がいかに多くのことを知らないかを知らないだけのことではないだろうか。もし現代科学がそれなりのことしか知らないという認識を持てば、もっと広い視野で物事を見つめられるようになるだろう。我々は子供のころから様々なことを信じこまされてきているが、目には見えない支配者が仕組んだ、そうした幾重もの洗脳を自ら払拭することができれば、予想もしなかった新しい地平が見えてくるのではないだろうか。(闇の支配者の項参照)


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