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宇宙創成 .1

星の誕生イメージ宇宙創成に関する現在の正統主流の学説はビッグ・バン理論だ。これは簡単に言えば、まだ時間も空間もなかった遠い過去に、突然無から火の玉が生じ、それが爆発・膨張して空間を広げ、次第に冷えて銀河や星々ができたという物語だ。その後太陽の周りに惑星が生まれ、惑星の上に動植物が生まれ、最後に人間が生まれた、とされている。

キリスト教とユダヤ教が聖典とする旧約聖書の創世記には、神の創世の七日間が次のように記されている。

「はじめに神は天と地を創造された。地は形なく、むなしく、闇が淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。神は『光あれ』といわれた。すると光があった。神はその光を見て、良しとされた。神はその光と、闇を分けられた。神は光を昼と名付け、闇を夜と名付けられた。夕となり、朝となった。第一日である」

第二日には神が天と地の水を分けたことが記されている。

第三日には神は次のように言っている。「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」また「地は青草と、種を持つ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上に生えさせよ」。すると全てそのようになった。

第四日は、神は二つの大きな光を作り(太陽と月のこと)、昼と夜を分けた。

第五日は、神は「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天の大空を飛べ」と言い、そのとおりになった。

第六日に神は「地は生き物を種類にしたがっていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」と言い、その通りになった。それから神は、「我々のかたちに、我々にかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものを治めさせよう」と言った。神は最後に造った人間を見て満足し、祝福して言った。「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動く全ての生き物を治めよ」と。

こうして天と地と、その万象が完成したので、神は第七日目に休まれた。この日をユダヤ教徒とキリスト教徒は安息日と呼んでいる。それは日本人が考える休んでもいい日ではなく、休まなければならない日、すなわち働いてはならない日だ。

聖書の冒頭の書き出しはざっとこのようなものだ。私は高校生の頃教会に通って聖書の勉強をしていたのだが、当時は不思議なことが書かれているくらいにしか思っていなかった。しかしその後5年ほど核物理学や宇宙論、分子生物学や進化論などの本を読みあさっているうちに、私はその内容に驚かざるを得なかった。というのも現代科学が到達した地球誕生の仮説とその後の進化の仮説が、創世記の記述とそっくりだったからだ。私はその符合に興奮し、聖書って何てすごいんだろうと思ったものだった。

ところがそれから何年か経って、私はビッグ・バン理論を考え出した人物がジョルジュ・ルメートルというキリスト教の司祭だったことを知った。彼はベルギー出身で、カトリックの司祭であり、宇宙物理学者、天文学者でもあった。

何を言いたいかというと、ルメートルは聖書の記述をもとにビッグ・バン理論を考え出したはずだということだ。だから現代科学が到達した理論と聖書の記述が似ているのは当たり前で、私が感激した「現代科学が解明する遙か以前にすでに聖書に書かれていた」などという感激は、まったく馬鹿げたものだったのだ。

私は落胆したが、後々考えてみたら、(進化論の項でも言ったように)学説というものはそのほとんどが最初に物語があるのが普通で、学者はその物語に合った証拠を集め、合わない事実は無視するということを繰り返してきたのだ。したがって学問の世界でこうしたことが起こるのは当然ということになる。

もう一つ、ついでに言えば、進化論が言う生物進化の過程、すなわち新しい種が現れた順番が、聖書の神が生き物を創造した順序と同じであり、これも聖書の記述を基に考え出されたものだと言うことができるだろう。


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