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UFOと異星人

言葉の定義

混乱を避けるために最初に言葉の定義をしておこう。現在一般に使われているのは『宇宙人』という言葉だ。これは単純に宇宙からやってくる、あるいは宇宙に住んでいる人々という意味で使われているのだと思う。しかし考えてみれば、その宇宙人の側から我々を見れば、我々も彼らにとって宇宙人になる。例えばアンドロメダ星雲の片隅に地球とよく似た星があり、我々と同じような人々が住んでいたとすると、彼らにとっては別の銀河に住む我々地球人はまさに宇宙人ということになってしまう。

この考えに従えば、すべての星に住む知的生命体は互いに皆宇宙人になる。とすれば『宇宙人』は我々地球人以外の知的生命体を指す言葉ではなくなる。これを避けるためには同じ宇宙人でも、我々と区別された知的生命体を指す言葉が必要になる。それに当てはまる日本語は『異星人』だろう。この項では地球外知的生命体を全て『異星人』と表現することにする。


UFOと異星人

UFOの存在は今では公然の事実となりつつある。以前はUFOを撮った写真やビデオはどれも合成だのトリックだのと言われたこともあった。しかし最近は何千人何万人という人たちが同時に目撃するという事件もあちこちで起きてきて、もはや完全に否定することは不可能となっている。あとは政府が公式に認めるかどうかということになる。しかし実は世界にはUFOを公式に認めた国がいくつかある。それらの国はみな小国だが、UFO目撃例が50年以上に渡って世界中のマスメデイアから中傷と蔑みを受けてきたことを考えれば、これは画期的な出来事といえるだろう。正式にに認めることに軍事的に問題のある大国は別としても、この流れはもはや止められない状態にある。

とはいえ世の中には、頑迷に今までの思い込みを守り、UFOなど決してあるはずはないと言い張る人もいるだろう。彼らは目の前にUFOが現れても、なおこれは幻想に違いないと自分に言い聞かせるつもりなのかも知れない。こうした自分の思い込みを決して崩さない人は、中世のような世の中が殆ど変化しない時代では問題なく生きていけただろうが、現代のように凄まじい勢いで変化しつつある時代には、たちまち博物館に陳列される化石のような存在になってしまうだろう。

イメージ異星人の存在はかなり以前から科学者たちが認めている。ただ彼らは、星の一生の中で知的生命体が存在する期間は非常に短く、したがって違う星の知的生命体同士が遭遇するのは時間的に難しいと言っている。彼らの言い分では、そもそも惑星が誕生する時期が一致しなければならず、さらに知的生命がある程度高度な文明を持つ時期も一致しなければならない。またたとえ時期的に一致したとしても、飛行距離を考えれば片道何十年、何百年、あるいは何万年もかけて地球へ来ることはあり得ないという。学者たちは異星人の存在は認めても、実際は先の頑迷な人たちと同じで、自分の考えの殻を破る発想転換ができないでいる。

さて異星人がいるのはほぼ間違いないとしても、UFOに乗って彼らはこの広い宇宙を一体どのようにして、どこから地球にやって来ているのだろう。現代物理学の常識では物体は光速を超えることができないので、科学信奉者は10光年先の星から来るには、光の速度の50%の速さで何年かかるとか、80%の速度でで何年かかるとかの計算を大仰にしている。私は科学信奉者はこんなことが現実的だと考えているのだろうかと呆(あき)れてしまう。異星人が一生をかけ、あるいは何世代もかけてわざわざ地球へ来るということが本当にあると思っているのだろうか。そこまでして来るとしたら、それなりの魅力が地球になければならない。果たしてそんなものが地球にあるのだろうか。時空を超える航法を知っていて、もっと短時間で長距離を移動できるのでなければわざわざ地球などへ来るはずはない、というのが常識的な判断ではないだろうか。

ところで残されている過去の記録の中には数々の異星人の訪問を思わせる描写がある。それらジグソーパズルの断片のような情報を組み合わせていくと、ある恐ろしい全体像が浮かび上がってくる。

異星人は何の目的もなしに地球へやって来たとは思えないので、彼らは人類の歴史に何らかの形で関与していたと考えなければならないだろう。このような言い方は一般の人には馴染みのない、したがって受け入れがたいものかも知れないが、実際にそうした記録や伝承はいくつもある。

一方、現在の地球上の国々の支配者はUFOが実際にやって来ているという情報をきちんと把握しているので、自分たちよりはるかに優れたテクノロジーを持ちながら、何故異星人は今まで人類を支配しなかったのかと、この支配欲にまみれた者たちは不思議に思っていることだろう。と言うより、実際に明日にも異星人が地球支配のために行動を起こすか知れないので、自分たちの支配権が奪われるのではないかと心配でたまらないようだ。レーガン大統領が始めたスターウオーズ計画は、当時の敵国であったソ連を対象したものではなく、実は異星からの侵入者を対象としたものだという話があるが、これもあながち根拠のない話ではないかも知れない。

過去の記録を読み解くと 実は異星人はすでに人類を支配している可能性もある。しかしその場合、彼らは直接その姿を我々の前に晒すような愚かな方法は採っていないだろう。ではどのように人類を支配しているのかというと、彼らは地球の国々の支配者を操るという形で支配しているだろう。このことを示唆する代表的な例はシュメールの粘土板に書かれたニビルの存在だ。楔形文字で書かれたその膨大な数の粘土板には、人類の歴史を操るどころか、類人猿に彼らの遺伝子を混ぜ合わせて人類そのものを造ったことが書かれている。(詳しくは「人類の進化と異星人の関与」を参照)

一方、他の可能性もなくはない。それは異星人が人類の無知と愚かさを憂い、何らかの形で救いの手を差し伸べようと過去から現在に至るまで、たびたび地球にやって来たという解釈だ。釈迦やキリストが異星人だった可能性もあるにはあるし、だとすれば異星人はその時代その時代に合った形で、人類救済のために関与してきたと考えることもできる。


所長の見解

天の川宇宙にはどれくらいの星があるのだろう。実は我々の知っている宇宙だけを考えても、星の数は想像を絶するほど存在している。現代天文学の語るところでは、我々のいるこの天の川銀河には2000憶個の恒星(太陽)があるという。この天の川銀河は標準的な大きさであり、何とこの宇宙にはこうした銀河が2000憶個もあるという。すなわち現在の人類が知り得る範囲だけを考えても、2000憶×2000憶個の恒星があることになる。しかもこの恒星にはそれぞれ複数の惑星があると考えられるので、惑星の総数は2000憶×2000憶×αという途方もない数になる。この中にどのくらい生物の住める惑星があるかは分からないが、この地球だけにしか知的生物がいないというのは、どう考えても理屈に合わないだろう。

聖書には人類のためのみに神が全宇宙を造ったかのような記述がある。これがユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の地球中心・人間中心の考えの基になっている。そして産業革命を迎えると、そうした考えが現代科学と結びつくことになる。地球とその自然を我が物顔で支配しようとする欧米人のやり方は、この地球中心・人間中心の考えが現代科学と結びついた結果だと言えるだろう。しかし今言った膨大な惑星の数を考えれば、神が地球人類のためだけに全宇宙を造ったという聖書の記述は不自然と言わざるを得ない。これはおそらく地球人の支配を容易にするために作為的に書かれた(あるいは書き換えられた)ものなのだろう。だとすれば、そこにはどんな意図が働いているのだろう。

その詳細につては後の項目で徐々に明らかにしていくが、今少しだけ言うと、実は異星人の人類への関与には一般の人々の想像を絶するものがあるということだ。歴史学・考古学・進化論・宇宙論などはそうしたことを隠蔽する手段として重要な役割を果たしてきたと言える。人類は長い間真実から目を逸らされ、教育によって洗脳されてきたため、もはや催眠をかけられたような状態になってしまっている。したがって我々がこの催眠から目覚めるにはとてつもない決意をし、実行しなければならないだろう。それというのも現在当たり前と思われている現実を逆さから眺め、押しつけられた常識を覆し、捏造された歴史を根底から見つめ直さねばならないからだ。


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