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心の四つの機能

ユングは人には四種類の心理機能があり、個人はそれぞれ得意とする機能を持っていると考えた。この四種類を列挙すれば次のようになる。(右側の説明はある焼き物を見た場合の反応)

  • 思考機能(thinking):ある焼き物が何の種類に分類されるか、また衝撃に強いか弱いかなどを考える
  • 感情機能(feeling) :ある焼き物に対して感じがいいとか悪いとかを感じる
  • 感覚機能(sensation):ある焼き物の形や色などを的確に把握する
  • 直観機能(intuition):ある焼き物を見て、例えば考え続けていた数学の問題の答えを突然得るといった、そのものの属性を超えた認識を得る

四種類の心理機能個人はこの四つの機能の中の一つを主機能としており、それぞれに外向型と内向型があるという。すなわちユングは人間を八つのタイプに分けた。

これら四つの機能のうち、思考と感情、感覚と直感は対立関係にある。したがって思考が主機能の人は感情が劣等機能となる。このタイプは男性に多いが、彼らは主に理屈でものを考え、にもかかわらず非常に涙もろいといった特徴を示すことがある。これは主機能である思考は発達しているが、劣等機能である感情は発達してないことを表している。

逆に感情が主機能の人(これは女性に多いが)は物事を感情的に判断しようとするため、彼女たちから思考型の人間を見ると、何でも理屈で判断する無味乾燥な人間として映る。けれどもこのタイプの人が論理的な話をするときには、支離滅裂で何を言いたいのか解らない場合もある。一般に思考型の男性は女性の感情的傾向を劣っていると見がちだが、感情型の女性から見ると、思考型の男性は一種の憧れでもあると同時に、理屈をこねまわして何もかも血の通わない論理で判断するつまらない人間と映ることがある。

男女に限らず徹底した思考型の人は、数学の数式のように何でもきちんきちんと論理で考えなければ気が済まない傾向がある。こういう人たちは自分が感情や感覚や直感によって行動を取っているとは思っていない。したがってそれを指摘しても認めようとしない。だがこういう人たちにしても、例えば恋に落ちる時などは全く論理的ではない。何故なら相手の目鼻立ちがこうで、身長が何センチで、手足の形がこうで、これらがみな自分の理想とするところだから、じゃあ好きになろう、というふうに恋に落ちたりしないからだ。

人が誰かを好きになるときは理屈を超えている。感情の発達していない思考型の人間ほど出会ったとたんに、これぞ自分の理想の人、と勘違いして恋に落ちるといった愚行を犯しやすい。逆に感情型の人は自分の感情と十分相談ができるので、こうしたことにはなりにくい。また感情型の人においては、感情は判断能力として立派に機能を果たしている。これは思考型の人には到底理解できないことだろうが、しかしユングによれば、好き嫌いはれっきとした判断基準なのだという。とはいえ感情型の人は論理にうまく丸め込まれることもあり、騙されたり、詐欺にあったりということも往々にしてある。また会議などでこの型の人が論理を振りかざして喋ったりすると、混乱を招くこともしばしばある。

タイプⅠさて主機能について話してきたが、これらにはそれぞれ補佐するサブ機能がある。たとえば思考が主機能の人は感覚と直観がサブ機能となる(右図:タイプⅠ)。また直観が主機能の人は思考と感情がサブ機能となる(右図:タイプⅡ)。主機能(例えば直観)が縦軸の上の方に近ければ、その人は典型的な直観型の人間になる。また直観と思考が円の上部に同じくらいの高さで左右に位置するタイプは、直観と思考がどちらが主機能とは言えない形で機能していると思われる。

タイプⅡこのように分類すれば、人間にはいくつものタイプが存在することになるが、しかし実際は劣等機能であれサブ機能であれ、我々は全部の機能を大なり小なり持っているので、典型的なタイプというのはむしろ少ないだろう。

ユングにしても人間の型や機能を単に分類することを目指したわけではない。彼は(はっきりは言ってないが)最終的には人は全ての機能を十分発達させた、全的人間にならねばならないと考えていたようだ。その目標に向かって努力する道のりを、彼は個性化過程と呼んでいる。言い換えれば、彼の理想とする人間像は、そうした個性化過程を完遂した全的人間だったと思われる。

最後に直観について私の考えを述べておこう。ユングの述べた直観機能というのは、物事あるいは物の属性を超えて別の認識に至るような能力を言っているのだと思う。これはものに囚われず、その背後にある普遍的なものを認識する能力なのではないだろうか。この対極にあるのが感覚機能で、例えば音楽を聴く際にも、感覚型の人間はきちんと低音・高音の出るスピカーでなければならず、プレーヤーは新型のもので、汚れや傷があっては許せなかったりする。だが直観型の人間はそんなことはどうでもよく、その音楽家が何を表現しようとしていたのか、その曲が自分に何を訴えているのかということに興味を向ける。

飛躍的して聞こえるかもしれないが、ひょっとしたらこの直観機能はアカシック・レコードあるいは宇宙の情報源に繋がる機能を果たしているのかもしれない。言い換えれば悟りや覚醒に至る能力として人間に与えられているのがこの直観機能なのかもしれないと思う。だからといって他は劣った機能だという意味ではない。思考機能は物質界で生きてゆくのに欠かせないものだし、感情機能は人が物や機械でないことを証するものでもあるし、感覚機能は物や物事を的確に把握するのに欠かせないものだと思う。ただ直観機能だけはこの物質界を超えた、ものごとの背後にある本質を把握する能力として備わっているのではないかと思う。


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