現在表示しているページ
ホーム >深層心理学 >集合無意識

集合無意識

ユング(1856~1939)は臨床医学の現場で様々な神経症やヒステリーの患者と接した。そして彼らの症状がその背後にある類型的な何かから発していると感じた。彼は患者の症状(いわば状況証拠)から類推して、その類型的なものを元型と名付けた。そしてそうした元型が潜む心の領域を集合無意識と名付けた。彼は集合無意識がフロイトの言った無意識のさらに奥にある、人類全体に共通する心の層であると考えた。

ユングが世界に与えた影響は大きい。彼が提唱したいくつもの理論は彼の弟子たちに受け継がれ、後の精神医学や臨床心理学の基礎となった。また文学、絵画、人間理解の学問など、幅広い分野の活動に計り知れない影響を与えた。

ユングの主張に関する解説書は彼の没後も数多く出回っている。今でも共時性、元型、集合無意識、個性化過程といった彼の概念を支持するファンは世界中に数多くいる。日本では河合隼雄氏がユング研究の第一人者として知られていて、彼の書いた解説書も多く出回っている。またユングの東洋人と西洋人の心の構造の違いに関する河合氏の解説は、原著の分かりずらい内容を一般の人にも解るようにうまく説明している。

イメージさて集合無意識に潜むいくつもの元型の表れを、ユングはしばしば神話の中に見ようとした。すなわち神話を、元型を表現する一つの形態だと考えた。古代においては民族の出自および民族のアイデンテイテイー(自己証明)を保証するものとして神話は機能していた。しかし世界中の人々が様々な知識を共有できるようになり、さらに宗教が世界を席巻するようになってからは、神話はその本来の機能を失い、単なる民間伝承的な地位に落ちてしまった。

とはいえ神話が何千年という間、立派に機能してきたのは事実だ。しかしそれが機能していた時代においても、機能を失ってからの時代においても、神話の発生のメカニズムは解かれることなく、謎のままにされてきた。しかも人類が長い間、文学、絵画、哲学などによって追い求めてきたものが、遙か古代の人類の文明の発祥時点ですでに神話の中に語られているという事実を前に、神話学者たちは頭を悩ますばかりだった。

ユングの登場によって、これら謎とされてきた神話の発生について、別の角度から光が当てられるようになった。人類、あるいはそれを超えて生物一般に共通する心の層という概念は、様々な心の神秘に切り込む強力な武器となった。半世紀以上にわたって彼の考えは、神話の背景に関する研究や精神医療現場での応用、人間理解のための方法論として一定の成果を上げた。

とは言っても神話自体に明確な解明がもたらされたわけではない。確かに深層心理学的に解釈可能なものもあるが、かなりこじつけ的な解釈しかできないものもある。しかも最近は神話について全く別の解釈も登場してきているので、ユング的な解釈は若干色褪せつつあると言える。しかし彼の提唱した集合無意識とそこに潜む元型は様々な解釈が可能であり、用い方によっては今もなお有効に機能すると考えられる。

これについて私の考えを言っておこう。『予言』の項でも述べたが、集合無意識はアカシック・レコードの一つの局面を切り取ったものではないかと思われる。ユングが辿り着いたのは人類共通の心の層であって、彼は民族や環境が違っても、人間は同じ心象風景(すなわちイメージ)を持つことがあると言っている。けれども同じ心象を持つというのは集合無意識によるのではなく、異なった次元にあるアカシック・レコードと繋がったためだと考えれば、より普遍的に解釈できることになる。ルパート・シェルドレイクの形態形成場にしてもプラトンのイデアにしても、それらの概念はこの宇宙の全ての情報を内包しかつその宇宙と共に変化・進展していっているアカシック・レコードの、ある局面を言い表したものだと考えられる。

古代インドの聖者や中国の仙人、歴史上の偉大な宗教指導者や予言者たちも、ある局面としてだが、このアカシック・レコードと繋がることによって過去や未来を見ることができたのではないだろうか。現代のあまたの予言者や霊能者、占い師やチャネラーといった人たちも、何らかの形でこのアカシック・レコードに繋がったのだと思う。しかし気を付けなければならないのは、アカシック・レコード自体が多次元的であり、また変化・進展していくものなので、その全体像を見るのは難しいということだ。またそれを見る人の波動の質の良し悪しによっても、大きく変わって見えることもあると思われる。

最近書物で聞きかじった人も、ユングを崇拝する人も、集合無意識を一つの固定された概念として受け止めているかもしれない。しかし異次元も含めたこの宇宙で、固定されたものなど一つもない。原子核の中を見てもそれを構成する素粒子は常に動きまわっている。地球は自転しながら太陽の周りを回っているし、太陽も自転しながら銀河の周りを回っている。そして銀河自体も回転しながら超銀河の中心を回っている。ガリレオは天動説に反対して地動説を唱えたが、実際は天も地も動いていて、表現するなら『全動説』というのが正しいと思う。こうしたことを考えれば、集合無意識(即ち私の考えではアカシック・レコード)も多次元的に動き、変化していっているわけで、そういった視点を持たなければ真の姿は見えてこないと思う。

私は宇宙は多次元的な構造をしており、それぞれの次元が常に変化しつつあり、かつ異次元同士の関係も変化していっているのではないかと思っている。さらに言えば、様々な次元を含む宇宙全体が、変化するものを抱えながらそれ自身変化していっているのではないかと思う。そしてもしこの宇宙が神なるものの展開だとすれば、神さえも変化していっているのではないだろうか。したがってこの宇宙においては、留まろうとするもの、変化を拒否しようとするものは如何なるものも凋落の憂き目に会うだろう。何故なら変化・進展こそが宇宙の本質であり、その果てにある歓喜というターミナルに、生きとし生けるものを導くのが宇宙の意思だと思うからだ。

ユングの集合無意識は人類に共通する一つの概念として提示され、我々のものの見方を変えてくれた。しかし我々はそれを固定的なものとして受け止めるのではなく、アカシック・レコードを含めた宇宙全体の変化の概念へと進展させることができれば、人類がこの何千年来持ち得なかった新たな視点を獲得することになるのではないだろうか。

<深層心理学の項 終わり>


« 元型| 概観 »