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ムー大陸

まずムー大陸とその文明から具体的に話を進めていこう。ムー大陸がかつて太平洋に存在したと初めて主張したのは、アメリカに住んでいたイギリス人、ジェームズ・チャーチワードだ。彼はイギリスの陸軍大佐であると自称していたが、後にその筋の人が調べたところ、英国陸軍に彼の在籍の記録がないことが判った。したがって彼は身分を詐称していたことになる。

ムー大陸彼がムー大陸の存在を主張するようになった経緯は以下の通りだ。1862年にフランスの聖職者ブラッスールはマドリードの王立歴史学会の図書室で16世紀に書かれた『ユカタン事物記』を発見した。そこにはマヤ文字とスペイン語のアルファベットを対照させた表があり、ブラッスールはこれ用いて『トロアノ絵文書』をキチェ語で解読した。彼のこの絵文書の解読からムー(MU)という名が生まれることになった。彼はそれを失われた大陸の記録だと思ったのだが、実は『トロアノ絵文書』とはマヤの占星術書の古写本だったので、彼の解読は完全に間違っていたことになる。こうした結果を招いたのは、実際のマヤ文字は彼の思っていたような単純なものではなく、表語文字と音節文字が混ざった複雑な体系を持った文字だったからであり、近年の解読によって彼の解読が誤りだったことが証明された。

実はジェームズ・チャーチワードが現れる以前はムー大陸はアトランテイスの別名とされてきた。しかしチャーチワードはブラッスールが用いたムーの名前を借用して『失われたムー大陸』などの著作を世に出し、これを太平洋にあった超古代文明だと主張して、勝手に大西洋から太平洋に移してしまった。そして彼はその中で、ムー大陸にはラ・ムーという皇帝が全土を支配していたが、神の怒りによって一夜にして海底に沈んだという主張を展開した。

チャーチワード自身の言うところによれば、彼は1868年、16歳のときインドに従軍した時、現地のヒンドウー教の寺院の高僧が、寺院の門外不出の粘土板『ナーカル碑文(Naacal tablets)』を彼に見せてくれたのだという。そしてそこにはムー大陸の記録が絵文字で彫られていたというのだ。しかし常識的に考えてみてどうだろ。ヒンドウー寺院の高僧が、突然やってきた16歳の少年に門外不出の文書を簡単に見せたりするものだろうか。実はチャーチワードがインドを訪れたという証拠も見つかっていない。さらに言えば、彼はそれら古代文献を翻訳した引用文しか発表せず、肝心の古代文献の原典そのものは提示していない。

また彼は当時の白人優位主義の風潮そのままに、ムー大陸では白人が支配者だったと言っており、さらにムーの生き残りと言われる日本人が黄色人種なのが気に入らなかったのか、日本人は白人種のキチェ・マヤ人の子孫だなどと訳の分からないことを言っている。要するに彼は支配者というものはどうしても白人種でなければ気が済まなかったようなのだ。もうひとつ付け加えれば、本人の言う経歴を信じるなら、彼は16歳ですでに陸軍に在籍し、28歳で陸軍大佐として退役したことになる。16歳で陸軍に在籍というのも不自然だが、28歳で陸軍大佐というのはもっと不自然に思われる。

チャーチワードの身分詐称や今言ったような経緯を見れば、ムー大陸がかつて存在したという彼の仮説の成り立ちに何一つ客観的な裏付けがないばかりか、単なるでっち上げだった可能性が高いと言わざるを得ない。

では何故ムー大陸が世間の注目を集めることになったのか。私の考えを言えば、存在してほしいという読者の期待が怪しげな本をベスト・セラーに押し上げ、それによって作者が権威を得て書物の信憑性が増し、そのことによってますます本が売れる、という循環が繰り返されるうち、幻の物語がまるで本当に存在したかのように独り歩きし始めたためではないかと思われる。

こうしたことは今も頻繁に起こっている。とんでもない詐欺師でありながら、テレビや様々な雑誌に登場して前世や未来について断言し、それで人気を得て、彼または彼女の出す本は天文学的な売り上げを記録する、といったこともある。また宇宙人や高次元の霊からメッセージをもらったと断言し、愛だの癒しだの救いだのといって本を出版し、莫大な金を稼いでいる多くの人が世界中にいる。私に言わせれば、彼らはチャーチワードのような単なる知ったかぶりであり、安っぽい愛や癒しの言葉を本の中にちりばめて救世主然としているだけではないかと思う。

多くの超古代文明のファンの期待を裏切ることになってしまうが、残念ながらチャーチワードのムー大陸に関する主張は、彼の妄想と名誉欲と白人優位主義とが生み出した幻の大陸ということになるだろう。

ただしこれはチャーチワードの主張するムー大陸に関する話であり、ブラヴァッキーやシュターナーのムー大陸に関する主張はまた別で、彼らの幅広い知識を基にした記述の内容には無視できないものがある。

また『波動の法則』で知られる足立育朗氏は、何度も地球に移住してきたカシオペア座のムー星人が築いた文明が、のちに総称してムー文明と言われるようになったのであって、それらの文明は数百万年前から地上のあちこちに数度にわたって栄えたと言っている。


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