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総論と見解

これまで述べてきたように、ゼカリア・シッチンとビリー・マイヤーはともに人類の祖先が遺伝子操作されて創り出されたものであることを伝えている。地球で生まれた自然の摂理によって進化した人種は、ではどうなってしまったのか。

ゼカリア・シッチンがシュメールの粘土板文字を読み解いて主張した説では、アヌンナキが自分たちの遺伝子と猿人の遺伝子を混ぜて奴隷として人間を造ったことになっているが、その猿人がネアンデルタール人だった可能性もある。現在の考古学ではネアンデルタール人は絶滅したとされているが、その理由は解っていない。ネアンデルタール人とクロマニョン人(ホモ・サピエンスの祖先と言われる)は同じ時期に共存していたことがあるのだから、もしかしたらクロマニョン人がその獰猛さによってネアンデルタール人を滅ぼしたのかも知れない。

ビリー・マイヤーがプレアデス=プレヤール人から聞いた話では、我々の遠い祖先は異星で人為的に戦うアンドロイド(人造人間)として造り出され、その後色々な星で他の民族との混血し、最後に地球人とも混血して現在に至っているという。すなわちこの主張ではもはや地球で進化した純粋な人間など存在せず、多種多様な混血による様々な民族が地球人を構成していることになる。そしてプレアデス=プレヤール人が言うには、我々は全員最初に作られた時の野蛮で攻撃的な遺伝子をいまだに引き継いでいるという。

振り返ってこれら二人の主張から言えるのは、まず神などどこにもいないということだ。地球人は他の生命体によって作り出されたのであり、その作り出した者たちも神などではない。両方の説に出てくるのは、地球上で異星人が自らの貪欲さのために神になり済まし、地球の女たちをてごめにし、男たちを奴隷として働かせ、好きなように地球人を支配したということに過ぎない。

では何故地球人はいとも簡単に異星人を神と崇(あが)めてしまったのか。私の推測では、人類は何かを崇拝し、それに追従する遺伝子を埋め込まれている可能性があると思う。何故なら戦うマシーンとして知的生命を造る際、当然創造者の言うことを聞かなければ意味がないからで、崇拝させることによって自由に操ることができると考えただろうからだ。

この性向は今も変わっていないと思う。政治的党派に与(くみ)する者たちは、この世で最も穢れた人種であるはずの政治家を『いい人だ』などと言って崇拝し追従している。マスメディアに現れる俳優、歌手、タレント、司会者、解説者、弁護士、医者、大学教授などを、単に有名であるというだけで崇拝してしまう。しかもまやかしの言葉や知ったかぶりの言葉に簡単に騙されたりもする。地上の多くの人は権威ある者に対してはほとんど何でも言うことを聞き、人を殺すことさえ厭(いと)わない。その最たるものが戦争であり、テロだろう。

そして我々人類が崇拝する最も有名なものが神だ。私はずっと宗教というものに疑問を抱いてきたが、特にユダヤ教やキリスト教のエホバや、イスラム教のアッラーに関してはどこか変だと思ってきた。何故なら彼らは自分が宇宙を造り人間を造ったと平然と言っているからだ。ゼカリア・シッチンとビリー・マイヤーの説明の中に、そんな神はどこにも出てこない。二人は神話における神々も宗教における神々も、すべて異星人が人間を操るための洗脳の手段として考え出したものだと言っている。

総論と見解さて最初に私は長い間ある疑問を抱いて生きてきたと言った。それは人間が個人的・社会的、精神的・肉体的に、何故大きな悩みや矛盾を抱えているのかということであり、また人類が何千年・何万年もの間、何故憎しみや羨望や戦争から解放されなかったのかということ、そして人間の持つ所有欲、征服欲、自尊心、自己顕示欲、嫉妬心、猜疑心、さらに意志の脆弱さ、愛の欠如、怠惰な精神、忍耐力の薄弱さ、寛容性の欠如...等々が何故克服されないできたのかという疑問だった。私はこれら全てが何か『変』だと感じてきた。

普通に生きている動物たちはこうした様々な悩みや矛盾に満ちているようには見えない。何故人間だけが普通に、深刻な悩みや矛盾など持たずに生きていけないのか。どうして普通に、喜びや信頼や感謝の中で生きられないのか。これが長い間解けず、謎のまま引きずってきた疑問だった。

しかしゼカリア・シッチンとビリー・マイヤーの説明から私は一つの認識を得た。それは我々が色々な意味で『普通』あるいは『自然』でないのは、何者かに遺伝子操作された生き物だったからであり、神に対する賛美と崇拝という呪縛から解放されずにいるのも、遺伝子操作によってそうした性向を埋め込まれからだと思い当たったのだ。

何千年も、ことによっては何万年もの間続いてきた争いや戦い、我々の持つ矛盾や悩みを、人間は克服できない仕方のないものとして受け入れてきた。しかしここにきて、異星人と接触する人々や、チャネリングによってメッセージを受け取る人々が増えてきたことを考えれば、人類は今こそ事の真相と向き合い、新たな対処の方策を探らねばならないのではないかと思う。もちろん知ったかぶりや、低級な波動でチャネリングをする者は論外だ。金儲けを絡めず、純粋に人類のためや、真摯に真実を求める人たちのために活動している者でなければ信用してはいけないだろう。我々は慎重に情報を精査して一つの情報に偏ることなく、洗脳されることなく、自分の目で見て自分で考えて、自分の感性で判断しなければならない。

もう一度強調しておくが、この宇宙に宗教の説く神など存在しない。特に人格を持った、怒ったり罰したりする神などは、単に高度なテクノロジーを持ちながら精神的には低次元にある異星人にすぎない。ギリシア・ローマ神話の神々や聖書のエホバはこのことを証左する良い例と言えるだろう。何故なら彼らはいとも簡単に怒り、嫉妬し、時には蟻でも踏み潰すように人間を殺してきたからだ。ただ多種多様な異星人の中には人類に手を差し伸べようとしている人種もいることだろう。しかし彼らもまた我々より進化した知的生命に過ぎなく、全能の神などではない。

宇宙を支配するものがあるなら、そしてそれをあえて言葉にするなら、全宇宙を貫く法則ということになるのではないか。それは言い換えれば自然の摂理であり、創造の法則でもある。ビリー・マイヤーはこの創造こそ宇宙の最高位に位置するものであり、創造自体を超えるものは存在しないと言っている。

我々がまずしなければならないのは、学校で教えられたでっち上げの歴史観と宇宙論を捨てることだと思う。もしこの洗脳から脱すれば、世界も宇宙も全く別のものに見えてくるだろう。そして次にしなければならないのは、家庭教育や宗教によって押しつけられた神の概念を捨てることだろう。このでっち上げられた神によって我々は自由な思考を奪われ、恐怖を植え付けられ、訳の分からない愛という言葉によって従順な子羊に仕立て上げられてきたのだから。我々はこの神々の呪縛から解かれることによって真の自由を手に入れ、まったく新しい発想を得ることができるだろう。

イエスはマタイ伝の中で次のように言っている。

*「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして主なるあなたの神を愛せよ』。これがいちばん大切な、第一のいましめである。第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。」

総論と見解2000年もの間、人間はこの二つの戒めのからくりを見破ることができなかった。これこそ異星人の手前勝手な、人類を小馬鹿にした言い分だ。『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして主なるあなたの神を愛せよ』。この嫉妬深いエホバは何よりも自分の方を見続けていてほしいのだろう。そして人間には『自分を愛するように隣り人を愛せよ』と、絶対不可能なことを押し付けている。生きとし生けるものは自己保存と自己愛が最優先されるので、もしこんなことをしようとしたら挫折を味わい、自己嫌悪に陥るだけだ。

神と名乗る傲慢な異星人は人間が自己矛盾に悩み、絶望することを意図していたふしがある。何故ならそれによって反逆の芽を摘むことができるからだ。地上の何十億という人々がこうした異星人の戦略にかかり、洗脳され、視野を限定されてきた。そしてこの不可能なことを成し遂げられなかった人々は自暴自棄となり、どうせ自分は高潔な人間になれないのだと、地上のちっぽけな欲望のために生涯を費やすことになった。

よく考えてほしい。いくら神を愛したからといって人間が幸せになるわけではない。さらに自分自身を愛するように隣人を愛することなど誰にもできはしない。我々はまずこの神々の呪縛を解き放ち、洗脳を払拭しなければならない。

本当は全能の神などどこにもいないのだから、人類は自分の手で、自らを守らなければならない。事実を見据え、賢く行動しなければならない。誰も守ってはくれないし、個人の罪をいちいち裁く者などどこにもいないのだから。

歴史上無数の人々が理不尽な不幸や虐殺の憂き目に遭い、極限の悲劇の中で神に祈った。だが誰が助けに来てくれただろう。日本軍に細菌兵器の実験台にされた中国人を誰が助けに来ただろう。アウシュビッツでガス室に送られたユダヤ人を誰が助けに来ただろう。戦いに行けと神に命じられたジャンヌ・ダルクが敵兵に捕えられ、毎日敵兵に凌辱を受けた時、誰が助けに来ただろう。長崎の隠れキリシタンが海辺で逆さ磔(はりつけ)にされ、満潮とともに溺死しようとする時、誰が助けに来ただろう。

今もこの現実は変わらない。世界中で毎日悲劇が起こり、一人ひとり数えるのも不可能なほど多くの人が死に、または計り知れない人が心の傷を負っているというのに、いったい誰が助けに来ているだろう。神や宇宙船に乗った異星人や愛にあふれた何々星人など、一度でも助けに来たことがあるだろうか。

我々は嘘で塗り固められた夢から覚めなければならない。我々は自分を守るためにずるくなるのではなく、賢くならなければならない。エホバが人間に言った『産めよ、増えよ、地に満ちよ』という言葉を、愚かにも人間への祝福だと多くの人は勘違いしてきた。実際に人間が地に満ちた今、いったいどういうことが起こっているのか。増えすぎた人口が人類自身と地上の全ての生命を滅ぼそうとしているではないか。

我々は神々の呪縛を解き、洗脳から目覚め、それによって恐怖を克服し、自由な発想を得て、宇宙的な視野で人類を見つめ直さなければならない。それができた時に初めて、人間は愛とは本当はどんなものなのかを知り、それをどう行動に移したらいいかを知るようになるだろう。

<人類の進化と異星人の関与の項 終わり>


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