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異星人の技術水準

地球を訪れている異星人の中には自分たちがどのような航法を用いてやって来たかを説明している者たちがいる。そのいくつかを比較すると、明らかに彼らの技術水準に違いがあるのが分かる。

ウンモ星から来ているユミットは、彼らの技術水準は地球より数百年先んじているに過ぎないと言っている。実際彼らの技術的な説明は、現在の人類の科学技術から類推して理解が可能なものがいくつかある。例えば彼らの航法には二種類あり、一方は通常航行の場合に用い、機体をマイナスイオンで覆い、磁気流体力学(MHD)を利用して移動するものだ。これは地球の現代科学で解釈するのは不可能ではない。一方星間航行の場合は、我々の宇宙と対をなす双子宇宙の片割れを利用するもので、これは現在の地球の宇宙物理学が双子宇宙を認めてない以上、理解のしようはない。とは言え人類にとって現状の科学認識を啓発する一つの参考意見ではあると思う。

地球人がUFOを見て驚くのは特に急発進と急停止だろう。地球上の航空機はそのような離れ業は出来ない。たとえできたとしても、内部の人間は潰れてしまうので、それを防ぐための技術を同時に持ち合わせていなければならない。実はユミットのUFOの内部は、そのような場合ゼリー状のもので満たされ、断続的に細かい加速と減速が行なわれるという。その際ゼリー状のものは細かい揺れによって固まって人体を守り、静止すると液体に戻るということを繰り返えしているのだそうだ。そして等速運動や停止状態に入るとゼリーは完全な液体となり、外側のボデイーと内部空間の間にある隙間にポンプで排出されるのだという。これは200年から300年も先の技術とはいえ、我々から見てもある意味原始的な感じはする。このゼリーは恐らく、人間の胎児が胎内にいる時羊水を肺に入れているように、加速度中には肺にも入っていると思われる。でなければ肺が潰れてしまうからだ。

聖書のエゼキエル書に描かれている飛行物体は現代の航空機と大差がないかもしれない。火を噴いたり轟音を出したりといった記述があるように、これは我々のジェット・エンジンを想像させる。ただしそれは地球の大気圏内での航法で、星間航行の場合は別の航法を用いて来たと思われる。

ビリー・マイヤーが述べているプレアデイス=プレヤール人は、音も出さず火も吹かない宇宙船を使用しているという。しかも光を曲げる技術を持っているので、外から見ると宇宙船の背景しか見えないという。すなわち人間の目からは透明になるということだ。彼らはゼリーなど使わず、地上でも星間でも自由に飛び回ることができるという。それは人体及び船体を微細な粒子に還元し、到着先で再構成することができるからだという。また彼らは次元の門というものを作ったので、それを使えばどんな遠くへ行こうとほとんど時間はかからないという。ここまでくれば地球の科学や論理を遥かに超えていて、理解はとうてい及ばない。

オフィル星から来た異星人アミ(「アミ小さな宇宙人」という書物はエンリケ・バリオスの創作ということになっているが、私は単なる創作だとは思っていない。何故なら昨今の怪しげなチャネラーなど問題にならないほど高度なメッセージを含んていると思うからだ。バリオスが自分はチャネラーだと言わなかっのは、怪しげなチャネラーたちと同列に扱われるのを嫌ったからだと思う)は、地上でも異星間でも自由に飛び回ることができるといい、船外に出て遠く離れていてもリモートコントロールで自分の宇宙船を呼び寄せることができるという。またアミは銀河を横切るのに90分、一つの銀河から次の銀河まで行くのには数時間あればいいと言っている。

異星人の技術水準ここで技術的進歩について触れておこう。ペドロという少年が出会ったアミは、自分の持ってきた映像受信機(テレビのようなものだがカメラは必要なく、対象にピントを合わせるだけで生の映像が見られる機械)が旧型のものだと言っているので、彼の母星では技術革新が日々行なわれている様子が窺える。ウンモ星のユミットも地球の技術より数百年先んじているだけだと言っているので、技術的な進歩が常にあることが分かる。プレアデイス=プレヤール人の場合も、次元の門を通過して我々の宇宙に来る際の新しい技術が開発されたと言っているので、同様に技術的進歩があることが窺える。聖書のエゼキエル書に関してはその後の様子は知る由もないが、彼らはその後もユダヤ人に深くかかわっているので、火を噴き轟音を立てる飛行物体が後の記述に出てこないのを見れば、やはり進歩改善されたと考えるのが妥当だろう。

ところで異星人同士で技術の供与や共同開発などは行われているのだろうか。一般にはそうしたことは行なわれていないようだ。技術の供与に関しては精神的進化のレベルが問題となるようで、政治的な統一や安定が得られていない星に、いきなり原爆やプラズマ兵器を作れる技術を与えればどんな悲劇を招くか想像に難くない。そういう意味で基本的に他の文明への技術供与は行なわれていないそうだ。ただしこれは他の文明への関与がないという意味ではない。支配や撹乱などのための関与は頻繁に行われているという。これについては後で詳しく述べることにする。

技術供与があるとすれば技術水準の差が極端でない星の間で行われると思われる。例えを挙げると江戸時代と我々の時代は300年程度の時間差しかない。平賀源内のような人物に洗濯機や冷蔵庫の原理を説明すれば、多少の時間はかかっても完全に理解できるだろう。さらに発電機の原理を理解させれば、それを製作し、用いて、洗濯機や冷蔵庫の実用化も可能となるだろう。ただしこれを実際に行なったとすると多くの問題を生むことになる。それはその時代の人々の文化や独自性を阻害することになってしまうからだ。当時世界でも稀にみる高度なリサイクル・システムを作り上げていた江戸の社会を危機にさらす可能性がある。これは単にカルマの法則を破るだけでなく、かつて西洋人がアフリカに介入して人々を売り買いし、奴隷として使った例のように、生命とその文化の独自性に対する侮辱ともなるだろう。

一方技術供与を縄文人に行なおうとすると大変な苦労を強いられるだろう。おそらく理解させるのは不可能だろうが、もし理解できる人がいたとしても実用化は無理だろう。したがってその知識を記録させることはできても、それは単なる知識に終わるに違いない。

このように技術供与は技術水準が比較的近い間でのみ行われ、しかも文化的・精神的に害を及ぼさない範囲で行なわれると思われる。プレアデイス=プレヤール人の場合、実際に他の惑星人から技術供与を受け、それによって星間航行技術が改善され、航行時間が大幅に短縮されたと述べている。これは単に文明の水準が近いだけでなく、精神的次元が十分発達していることが認められたからだと思われる。

異星間の技術水準の差は確かに大きな問題だ。単に技術的に発達した人種が、まだ技術的に未熟な人種に全面的に関与するのはいいことではないと理解できる。しかし宇宙には精神的には愛と利他に傾くことなく高度な技術を手に入れた人種もいて、彼らが自らの星の上で戦争によって自滅せずに独裁者によって統一された場合、他の星を支配するために進出していくということは起こるようだ。

地球を見れば解るように、倫理的・精神的に十分発達することなく地上の生物を絶滅できるほどの科学技術を手に入れた人類は、常に一人の狂った指導者によって滅びる危険性を背負っている。これは核兵器のことだけを言っているのではない。今や化学兵器にとどまらず、一つの大陸を一瞬にして焦土と化すことのできるプラズマ兵器も含んでいる。デタントや中距離核戦力全廃条約が米ソ間で交渉・締結されたが、これはさらに強力な兵器が開発されたために実現されただけで、決して不戦や和平を目指したものではないらしい。というのも何十年もの間、人類を絶滅できる核兵器を互いに持ちながら、一度も歩み寄らなかった両者が、突然兵力を削減する条約に合意するとは思えないからだ。

異星人の関与についてはまた別の観点からも見ることができる。それは地球が古代においてすでに異星人の関与を受けていたという見方だ。一つの仮説てして、異星人は初め堂々と人類を支配していたのだが、やがて人間が全地に拡散して増え出すと、彼らは表舞台から姿を消して陰から人類を操るようになった、と考えることもできる。古代の素朴な人々は彼らが地球人におおっぴらに関与していた時代の様子を忠実に語り伝え、それが神話として今に残ったのではないだろうか。深層心理学では解けない神話の謎とは、実は単に実際にあったことを語り伝えたに過ぎない、と考えることもできある。

他にも異星人の関与を指摘するる発言がある。ゼカリア・シッチンはシュメールの粘土板文字を紐解いて、古代に異星人が何度も地上で核兵器を使っていたと主張している。同じような様子は古代インドの『マハーバーラタ』にも描かれているし、聖書にもソドムとゴモラの話として述べられている。これらの核兵器は人類が用いたのではなく、神々と呼ばれる異星人が用いたものだ。遥かに時代が下った20世紀になって、人類がこれを開発し、広島と長崎で使用したことによって、初めて神々の所業が如何なるものだったかが分かるようになった。

古代の地球上で異星人が核兵器を使ったが、全人類を滅ぼすことはなかった。それは異星人同士の戦いだったせいもある。しかし現代は何十回、何百回と人類自身を絶滅させるだけの核を持ち、それを上回る化学兵器やプラズマ兵器を持っていると言われる。倫理的・精神的に幼い地球人がこれだけの兵器を持っているのは、まさに『気狂いに刃物』といった状態だと言わざるを得ない。もっと懸念されるのは、異星人が未だに地球上で勢力争いをしていて、大国の指導者を操っているらしいことだ。

神話が異星人による人類への関与を描いたものであり、宗教が異星人による人類操作と支配を意図して始まったのだとすれば、当然人類に味方する異星人とそうでない異星人が予想される。この2000年の間宗教戦争が繰り返されてきたのも、見方によってはそれぞれの宗教を人類に与えた異星人たちの代理戦争だった可能性がある。こうしたことを考えれば、能天気に自分の信じる宗教がこの上なく正しいと思ってなどいられない。また代々家に伝わる宗教を漠然と受け入れている人たちも、改めて支配のための道具という観点から宗教を見直してみる必要がある。

このように知的生命体の持つ技術と、それを扱う生命体の精神的水準には様々な問題がある。いったいこの宇宙に内紛によって滅びてしまった文明はどのくらいあるのだろうか。また今なお滅びずに発展している文明はどのくらいあるのだろうか。

高い水準の技術を手に入れた異星人の内、滅びなかった人々はそれを他の星の支配のために使っているのだろうか、あるいは援助のために使っているのだろうか。進化した生命体は自滅するほどの強力な兵器の製造技術と、倫理的・精神的水準をどう調和させているのだろうか。これらを議論する前に、まずは精神水準について考えてみよう。


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