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異星人の精神水準

地球人類のように倫理的・精神的に十分発達しないまま、自らを滅ぼすほどの技術を手に入れるということは他の星でもあったのだろうか。地球でも起こったのだから、このような事態は他の多くの星でも起こったに違いない。そしてそのいくつかが、またはその殆どが自滅したことは想像に難くない。では一体どのような星が生き残り得たのだろう。

異星人の精神水準一つの可能性は当然のことながら、倫理的・精神的に十分発達した後に科学技術を手に入れた場合だ。これは言葉で言うのは簡単だが、我々地球人から見るとそんなことがあり得るのだろうかと思ってしまう。しかしウンモ星人ユミットは、実際にそうした経緯をたどって平和と技術を手に入れたと言っている。彼らの社会は地球の西洋とは正反対の特色をもっていて、人々は個性の発達や個人の幸せよりも全体の平和や幸せを最優先させるという。したがって個人が他より優れているとか特別の才能を持っているとかいうことは重要ではない。むしろ全体の秩序を乱す特別な人間は抹殺されて当然というのが彼らの考え方だ。平和は種の存続のための最優先事項であり、それを乱す者は最も重い罪に値し、殺害・抹消されて当然ということになる。彼らはそうした処置を施すことに何の懸念も持たないという。

一方オフィル星人アミは、宇宙の多くの知的生命は先に高度な技術を手に入れたために滅びたと言っている。それが本当なら、おそらく地球人類も同じ運命をたどるに違いない。実際プレアデイス=プレヤール人は、我々の太陽系にある小惑星帯も元々は知的生命の住む惑星だったが、人々の内紛によって爆発解体してしまったと説明している。そうした事態を憂慮したオフィル星人はアミを地球に送り込み、理解が可能な地球人のためにヒントを与え、導こうとしているのだという。彼らに言わせると、技術水準が精神水準と調和しないまま進化した場合、そのような重大で深刻な結果を招くことになるという。

プレアデイス=プレヤール人は遠回しな言い方ながら、人類が異星人に創造された時、粗暴な遺伝子を埋め込まれたことが、結果的に地球の歴史に見るような悲惨な状況を招くことになったと言っている。彼らもオフィル星人と同じく、地球人類に全面的に干渉することなく、真実を求める人々にヒントを与え援助するためにやって来たと言っている。

さてここでユミットの興味深い解説を紹介しよう。彼らに言わせると地球のように大陸がいくつにも分かれ、山脈や渓谷によって人々の住む地域が分断されている惑星は非常に珍しいのだという。地球はこれが原因で多くの人種を生む結果を招き、様々な言語を生む結果を招き、したがって対立を生む結果を招いたという。

彼らの星は古代から大陸は一つしかなく、大地はアイルランドのようにおおむね平坦であり、したがってすべての人々の移動が可能であったため人種は一種類しかなく、言語も一つしかないという。これによって多くのことは合意によって解決されたのだそうだ。一時期、確かに血で血を洗う争いが起きたこともあったが、それを乗り越えて以来、現在に至るまで戦争のようなものは起きていないという。

彼らから見れば、地球ではいくつもの大陸や島、山脈などによって住むところが分断されているため、多くの人種と言語が生まれ、それが不和と対立の原因になったと映るようだ。しかし果たしてそれだけで説明できるのだろうか。私はユミットのこの解釈は少し短絡的すぎると感じている。全面的に否定はできないが、地球人類にはもっと深い問題が横たわっていると思う。「人類の進化と異星人の関与」のところでも述べたが、人類は遺伝子操作されて奴隷として生まれたこと、そして地球人以外の星からやって来た多くの異星人と混血したことなどの問題があると思う。

プレアデイス=プレヤール人が言うところでは、人類は彼らと同じ祖先から分かれた種族が、人類の祖先を奴隷として創造したのだと言っている。そして現在の人類は地球で生まれた種族と奴隷として異星で生まれた種族などが混じり合って出来たのだと。

またゼカリア・シッチンはシュメールの粘土板文字を読み解いて、ニビル星人アヌンナキが、類人猿に自分たちの遺伝子を混ぜて人類を奴隷として造ったと言っている。この場合はもともと人類は自然の摂理に沿った進化の途上にあったのだが、アヌンナキの関与によっていびつな精神構造を持つ生き物として出発したことになる。

ここで精神水準の比較をしてみよう。ウンモ星人は地球人より数世紀、技術的に先んじているに過ぎないと言っているが、精神的にはどうなのかは具体的に言及していない。わたしの印象では彼らは地球人のことをどう判断したらいいのか測りかねているのではないかと思う。彼らの思考形態は我々とはかなり違うようで、彼らがものを考える時は我々のように個人的な類推や判断を重ねるのではなく、ユングの言う集合無意識のようなものを通じて集団的な思考の形態を取るようなのだ。したがって結論や判断はユミット全員の知るところとなる。

このような状況にあっては突出した個人の考えや、認知されている常識を根底から覆すような発想はユミットの社会全体に不安と恐慌を引き起こすことになる。そうした場合その個人または集団は探し出されて即刻抹殺されることになる。こうした事件は実際に起こったことがあるとユミットは言っている。彼らの社会では個人や特定の集団よりも全体が優先されるので、全体の平和のために個人や小集団が抹殺されても感情的に傷つくことはないらしい。むしろ当然の処置として皆が納得するようだ。

これは我々から見れば奇怪であり恐怖さえ覚える。しかし彼等から見れば地球人の方がよっぽど奇怪であり恐怖を覚えるものらしい。それは一人や数人が殺された場合、地球人は被害者に同情を寄せ、加害者に怒りを表すが、何万人・何十万人が戦争で殺された場合は、その同情や怒りは何万倍・何十万倍とはならず、それどころか逆に無感覚になり、諦めの感情に染まるような事態に陥るように見えるからだ。ユミットにとってそれほど不気味なことはないようだ。彼らからすれば一人の死を悼みながら、数万人の死を悼むようには見えない人類の心情は理解不能ということだ。

一方プレアデイス=プレヤール人は我々地球人と較べて技術的・精神的に格段の差があると言っている。ユミットが我々とは技術的な進歩に関してそんなに差があると思えないのを考えれば、これは注目に値する。プレアデイス=プレヤール人が言うには、彼らは技術的には約 8000年、意識の面では約2000万年から3000万年人類に先んじているという。こんなにも差があるともはや我々には想像のしようもない。我々が学問的に知っている歴史の中では、産業革命が起こってから技術革新はまだ300年しか経っていない。これがあと7700年続くとしたら一体どんなふうになっているのか。

また精神的な面を言えば、我々は依然として倫理的な問題を抱え、克服できないでいる。人間の蛮性は古い時代よりは改善されているという人もいるが、一方で大量殺戮などを考えれば、逆に人間は精神的に退化しているという人もいる。私の考えを言えば、この両方ともある一面では当たっているが別の一面では当たっていないと思う。それは人類はほんの少しではあるが繊細さを深め、逆に物欲という面では増大したと思われるからだ。すなわち良い悪いは別として、品性と蛮性が同時に深まったのだと思う。

だがこれも何千万年となると一体どうなってしまうのか想像もつかない。何万年もの間、振り子のように進歩と後退を繰り返すということはあるかも知れないし、その低い段階を彷徨(さまよ)った末、いつかはその次元を脱し、新たな地平に至るということもあるかも知れない。すなわち100万年の間行きつ戻りつを繰り返し、その間にもし絶滅することがなかったとしたら、次の段階へと辿り着くのかも知れない。プレアデイス=プレヤール人も宇宙には数百万年もの間、互いに戦闘と殺戮を続けた人種がいると言っている。

プレアデイス=プレヤール人が地球人類より2000万年から3000万年も精神的に先んじているなら、その間に何度か精神的脱皮をしているだろうから、我々の方から彼らを理解できるとは思えない。我々がこの三次元空間にいて、四次元や五次元を理解できないのと同じように、現在の我々の精神的次元からは彼らの精神を理解するのは不可能だだろう。

異星人の精神水準しかし見誤ってはならないのは彼らもなお進化・発展の途上にあり、未だ最終ゴールに達してはいないので、あくまでも我々の先を歩む生命体に過ぎなく、我々を超越した神などではないということだ。プレアデイス=プレヤール人自身が、自分たちは地球人よりはるかに進化した生命体だとはいえ、更なる進化の道を歩まねばならないと言っているからだ。技術的な面で彼らも他の知的生命体からより進んだ技術の提供を受けているのだから、それを見れば宇宙には彼らをさらに凌ぐ知的生命も存在することが分かる。

プレアデイス=プレヤール人が言うには、宇宙には地球人が神と考えるようなものは存在しないのであって、人類が神と思っている存在は全て地球を支配しようとして神になり済ましている異星人に過ぎないのだそうだ。プレアデイス=プレヤール人は、宇宙の最高位に位置するのは創造そのものであり、創造の掟であると言っている。したがってその創造そのものを超える如何なるものも宇宙には存在しないのだという。

オフィル星人アミも地球人の中にはUFOや異星人を崇め、進化した知的生命を神のように崇拝している人が多いのは残念だと言っている。アミも神という言葉を使うが、それは人格を持ったエホバやアッラーのような神を意味するのではない。その言葉を使うのは、単に地球人の理解が可能な範囲で話さなければならないからだという。

他の異星人も宇宙には法則があるだけで、人格を持った神などは存在しないと言っている。あえて神という言葉を使う場合は宇宙を貫く普遍的な法則を意味するのであって、人格を持った全知全能の存在などを意味するのではないという。

以上のように宇宙には様々な進化の段階の異星人がいるので簡単に一まとめにはできない。彼らの時間感覚で言えば、現在の地球人のように物質世界に囚われ、しかも他の星の知的生命さえ認めないような狭い意識の段階に留まっているのはそれほど長い期間ではないという。知的生命となってから何十億年、何百億年という期間を生き延びてきた彼らから見れば、惑星の生命が意識を持ってから宇宙的意識に達して惑星を飛び出していくまでの期間は、数十万年というわずかな期間に過ぎないということらしい。

実は我々は今、その飛躍の時を迎えていると様々な異星人が声明を送ってきている。我々は蛹(さなぎ)が蝶になるように精神的な変態を起こそうとしているのであり、それはこれまで人類が経験した6度の絶滅の危機などとは違い、二度と後戻りしない決定的変化の機会なのだという。この時期にあくまでも物質世界に執着して脱皮を拒むのか、それとも地球という小さな世界を飛び出して宇宙的意識へと変身を遂げるのか、それは我々一人ひとりの選択にかかっている。

地球と人類の危機を予感できない現状維持型の人間は、大変化の後も再び地球と似た他の惑星で輪廻転生のサイクルの中に組み込まれ、何千年、何万年後の大変化の時を待たねばならないらしい。今ここで地球と人類の危機を予感し、意識の変革を成し遂げれば、輪廻転生のサイクルから抜け出して次元上昇に与(あずか)り、新たな進化の段階に足を踏み入れるだろう。

プレアデイス=プレヤール人のように進化した生命体は人類が持つような差別化の概念を超越しているようだ。差別化とは、金持ちと貧乏、頭が良いと悪い、有名と無名など、そういった次元の概念だ。すべての生命が進化の途上にあるのだとすれば、こうした概念は何ら意味をなさないだろう。我々人類の愚かさはこの差別化にあるのではないだろうか。そしてそこから嫉妬や羨望、恨みや憎しみが生まれ、様々な争い・戦い・戦争へと繋がっていくのだと思う。

差別化をとうの昔に克服した知的生命体は利他の精神を確立していると思われる。何故なら我々が類推できる範囲で考えても、自分を優先する行き方はどのような道を辿ろうとも結局は争いに行き着くだろうからだ。何億年と歴史を刻んできた生命体は、初期の段階でこうした差別化の概念を超越したのだと思う。我々は今まさに初期の段階にあり、ようやく脱皮の時が迫ってきているのだとすれば、彼らが地球人の現状を憂慮して我々に様々なメッセージを送ってきているのも頷ける気がする。


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