地球人類の特徴
これまでいくつかの星の文化を比較しながら見てきたが、それぞれの星や次元によって文化的・芸術的に大きな違いがあるのが見て取れたと思う。しかし私が言いたい重要なこと実はそのことではなく、一つの星、一つの次元では文化的傾向が一様だということだ。
他の項でも言ったが、全ての物質は波動でできているので精神や感情と呼ばれるものも、我々がまだ知らない波動でできていると考えられる。だとすれば同じ波動は共鳴するので、同じような魂(精神または生命体)は同じ星や同じ次元に必然的に集まると予想される。
しかし地球だけは違う。三次元にある地球だけは様々な波動を持った、または様々な世界から来た魂が同居している星なのだ。ウンモ星にしてもプレアデイスにしてもアストラル界の金星にしても、それぞれ一様な文化と社会と考え方の上に成り立っている。しかし地球だけはそうではなく、様々な文化と様々な考え方がせめぎ合いながらかろうじて成り立っている社会なのだ。地球はもしかしたらどんな星にも似ていない、非常に珍しい星なのかも知れない。
地球上には様々な人がいる。様々な肌の色、様々な言語、様々な風習を持った人たちがいる。また極貧の生活をしている人から巨万の富を持つ人まで様々な段階の人がいる。僅かな知識しか持たない人から膨大な知識を持つ人まで様々な段階の人がいる。知識はなくても知恵のある人もいるし、知識はあっても知恵のない人もいる。自分のことしか考えない人がいるかと思えば、自分と家族のことは大事に思う人、地域の人のために尽す人、国家の枠を超え主義や肩書や富にとらわれず全ての人に奉仕しようとする人など、これも様々な段階の人がいる。
プレアデイス=プレヤール人やウンモ星人が言うように、地球に多様な人種、言語、文化、宗教、神話があることが無数の困難な問題を引き起こしているという指摘もある。しかし私はそうは思わない。何故ならあらゆる段階にある全ての人が学びの道を歩んでいるのだとしたら、こうした多様な人々と多様な文化が混在する地球は最高の学びの場に違いないからだ。
確かに悪い面だけを捉えれば、地球は悲劇と策謀と自己中心的な欲望に満ちた星だと言える。しかしそうした中にいながらも我欲を捨てようと日々努力している人々もいるし、自分より恵まれない人のために奉仕しようとしている人もいる。私はこのような努力はこの地上でしか出来ない貴重な体験であり、地上は魂にとって深い学びの場としての意味があるのだと思っている。高い次元にありながら、そこを離れてあえて地球に生まれてくる者もいるというが、それはこの地球でしかできない体験を通して精神の広がりを知り、魂が持つ未知の可能性を見極めるために、自ら選んで試練のためにやって来ているのではないだろうか。
権力に執着して囚われる者、何らかの宗教に魅了されて囚われる者、金の魔力に魅了されて囚われる者、特定の異性の魅力に飲まれ囚われる者、肉欲に嵌り虜となって囚われる者。こうした人たちでさえ生命がなし得る可能性を体験しているのであって、それは地球のような星でなければできない体験なのだろう。
我々の心には怠惰や意志の脆弱さや自家撞着や傲慢さなど様々なものが巣食っている。しかしこれらも魂の長い進化の道のりの、ひとつの課程に過ぎないのではないだろうか。もし我々がこれらを稀有な体験として受け止め進んで立ち向かおうとするなら、決して世の中は悲劇的なものではなく、逆に挑戦するに値する世界となるに違いない。そしてこうした認識を持つことができれば、我々の心に自ずから試練に立ち向かう勇気が湧いてくるだろうと思う。