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ソーシャル・ビジネス.1

発想の経緯

ムハマド・ユヌス氏は2006年、ノーベル平和賞を受賞した。新しい資本主義の形態を編み出し、それを実践した功績が認められての受賞だった。本来なら経済学賞を受けるべきではなかったかと言う人もいるが、ノーベル財団の平和賞の選択には大きな理由があった。

ユヌス氏は、地上に存在する困難な問題の多くはその原因が貧困にあると見て、貧困撲滅という壮大なテーマに取り組んできた。彼には、人類が持ち続けてきた『貧困はなくならない』という信仰にも似た観念は、幻想に過ぎないとの思いがあった。彼は自らの体験によってその信念に辿り着いた。

バングラデシュに生まれたユヌス氏はアメリカで経済学の博士号を取得し、その後ミドルテネシー大学などで助教授として教鞭をとったが、1972年バングラデシュ独立の直後に祖国に戻り、チッタゴン大学の経済学部長に就任した。彼は大学の近くのジョブラ村の人々と接するうちに、多くの貧しい人々がなぜ貧困から抜け出せないかを知るようになった。実際の例を挙げて説明しよう。

大学の近隣の多くの村人(主に婦人たち)は、椅子や籠を作って売るための材料費がないために金を借りようとした。しかし一般の銀行はほんのわずかな金額でも、貧しい人々は信用できないといって相手にしなかった。畢竟(ひっきょう)彼女たちは高利貸しに手を出すことになった。しかし一旦高利貸しに手を出した彼女たちは、どんなに努力しても貧困から抜け出せなくなった。それは金利が年率100%から200%もするからであり、さらに出来上がった商品は金貸しの言い値で安く買い取られ、利益はほとんど残らないからだった。言い値で買い取るのが高利貸しの条件だった。

こうした不公正な取引のために、彼らは蟻地獄に落ちたように貧困から抜け出せなくなり、奴隷のような生活の中で、必死に働き続けなければならない状況に陥った。こうしてある女性などは、目を見張るような美しく使い勝手の良い椅子を一日中土間で作り続け、しかも彼女の手元に残るのは一日にわずか2セントということになった。彼女の夫も日雇い労働者として一日中働いて、やはりその収入は数セントに過ぎない状況だった。

ある時ユヌス氏は全く返金など期待せずに27ドルのお金を42世帯の村人に貸した。聞き取り調査をして彼らを借金地獄から解放しようとしたのだ。ユヌス氏にとってのポケットマネーは村人に大きな興奮を巻き起こした。永久に抜け出せないと思っていた極貧の生活から、もしかしたら抜け出せるかも知れないという希望が彼らにもたらされたからだ。その結果は素晴らしいものだった。一般の銀行に信用されなかった彼らの返済率はほぼ100%に達した。27ドルから始まったユヌス氏の善意は、その後グラミン銀行という新たな事業へと発展していった。

このような話は日本人には信じられないかも知れないが、しかし現実に世界の人口の約半分(35億人)が一日当たり2ドル以下のお金で生活しており、さらにその中の10億人は一日1ドル以下で生活している。もっと言えば世界の総所得の94%は28億人の懐に入り、残りの6%の所得を42億人が分け合って暮さねばならない状況にある。

ソーシャル・ビジネス.1では一体貧困は誰の責任なのだろうか。多くの人々はこれまで貧困は本人の怠惰のせいだという感想を持ってきた。だがそれは真実ではない、とユヌス氏は言う。先の例のように多くの貧しい人々はどんな努力をしても貧困から抜け出せない罠にはめられているからだ。これはバングラデシュに限ったことではない。日本のワーキング・プアと呼ばれる人たちも同じような状況にあり、また多くの一般庶民も裕福とは言えない暮らしを余儀なくされているが、それは人々が継続的搾取の餌食となっているからだ。貧困の本当の理由は当人の怠惰などではなく、利益の不平等な分配と、そうした平等ではない分配を生みだしている資本主義経済体制の構造そのものにある。

ムハマド・ユヌス氏は現在普通に見られる資本主義経済の欠陥に気付き、それに代わる新しいシステムを考え出して実践した。彼はまず貧しい人たちのための銀行を設立し、少額の融資をそうした人々に限定して行なった。これが多くの貧し人を貧困から救い出す結果となった。


挑戦

ユヌス氏が貧しい人に少額の融資を行なうために設立した銀行はグラミン銀行と呼ばれている。グラミンとは村または田舎という意味だ。彼のこの挑戦は貧しい人々の共感を得て急成長し、多くの人がその融資によって借金地獄から抜け出した。グラミン銀行の調査では、融資を得た人々の6割が五年から六年の間に貧困から脱出しているという。

次の展開はユヌス氏自身にとっても意外なものだった。フランスを本拠地とする多国籍企業ダノンがソーシャル・ビジネスに協力したいと申し出てきたのだ。ダノンの本業はヨーグルトの製造販売であり、ユヌス氏はバングラデシュの栄養不足の子供たちに、安く、おいしく、栄養価の高いヨーグルトを提供しようと考えた。ダノンは市場調査から味の研究、栄養価の向上まで、あらゆる協力を惜しまなかった。社名はグラミン・ダノンと決まった。

販売員はグラミン銀行の借り手である婦人たちが雇われ、研修を経て正式の販売員となった。彼女たちは地域住民であり、最高の宣伝塔ともなった。これによって広告宣伝費が削減できた。ヨーグルト一個についていくらという利益があるため、販売員は骨身を惜しまず普及に努め、今日もバングラデシュで広まりつつある。

グラミン・ダノンは冷蔵庫のないバングラデシュの状況を考え、小規模の工場を各地に作るという方法を取った。これによって流通費用も削減できた。また容器も環境に優しい生物分解性の素材を用いた。ユヌス氏はさらに今、食べられる容器の開発にも意欲を燃やしている。


ソーシャル・ビジネスの仕組み

ソーシャル・ビジネスは、出資者に対しては元本のみを返済し、株の配当や利子などの支払は一切行なわないというものだ。また元本を返済した後に発生する利益は社会還元することを旨とする。社会還元の仕方は色々あるが、例えば株を貧しい人に買ってもらい、配当を受け取ってもらうというやり方、発生した利益をさらに別のソーシャル・ビジネスのために使うというやり方などだ。支部を作って事業を拡大することや、異業種に参入する道もある。

ソーシャル・ビジネスにおいても会社の所有権は株主に帰属するが、出資時の取り決めにより、株はいつでもソーシャル・ビジネスの代表者(経営者)に譲渡されることを条件とする。これは出資金の返済が容易に行われるためであり、また株主によってソーシャル・ビジネスの目的が左右されないためである。

ソーシャル・ビジネスは出資金のみにこだわるのではなく、寄付金も受け取る。それによって経営が潤い、新たなビジネスを起こすこともできる。寄付金や援助金によって活動するNPOやNGOからその一部を出資してもらい、長期返済するという方法もあり、また一般の人から少額の出資を募るという方法もある。

ソーシャル・ビジネスは協同組合に見られるような支配層を作らず、無限大の利益の追求に暴走しないという明確な意識が、出発の時点から必要だ。適正な利益は得るが社会還元が目的であり、生物や環境に優しい商品を追求し、さらに広告・輸送・販売の経費を抑えて価格に反映することにより、健全な経済システムを構築するという意志を持たねばならない。

この条件を満たすために、ソーシャル・ビジネスは事前の入念な設計が必要となる。その設計が成功の鍵を握るのは言うまでもない。そのため様々な分野の人々に参加してもらい、多くの意見を出してもらい、十全の準備をしなければならない。しかも現実世界は常に変化し、社会構造や人々の趣向も変わってくるので、常時設計を見直し改善する柔軟な姿勢が求められる。


批判

社会のシステムやこれまでの概念を変えようとする人に対しては批判が付きものだ。ユヌス氏に対しても当然批判はある。その一つはグラミン銀行の金利に対するものだ。もともと金利は20%であり、一部にはそれ以上との話もある。グラミン銀行は現在もその利率を変えていないという。これは我々先進国の常識から見れば法外な金利に思われるだろう。確かにそうした批判には一理ある。しかし後進国や発展途上国におけるインフレや、一夜にして物価が倍になったりなどの経済的不安定性を考えれば、どれだけの金利が適切かはにわかに判断し難いと思う。欧米先進国の尺度で、こうした国の事情を抜きに判断するのは一方的という感じはぬぐえない。

またグラミン銀行は貸し出しの際、5人一組の連帯責任を条件としている。欧米人の感覚からすればこれも批判の対象になる。しかし個人主義とは違う文化的背景を持つ東洋人の感覚からすれば、一概に馬鹿げた制度とは言えない。心を重ねる文化を持つ東洋の社会は、独立した個人を単位とする欧米社会とは基本的に違うからだ。東洋の良さは唯一絶対の神など必要としない、しっかりした縦横の人間関係によって成り立っていることにある。実はこの隣組のような制度は欧米の法律で言う連帯保証を意味するわけでもない。いかにも東洋的だが、単なる助け合い、あるいは励まし合いを促すようなものだ。このような意味合いは欧米人には到底理解しがたいものだろう。日本に鎌倉時代から戦後まで存在した無尽(むじん)なども、こうした東洋的文化背景から生まれたものだろう。

いくつか問題はあるにせよ、現在の資本主義経済の欠点に比べれば、ユヌス氏のしようとしていることはそれを補って余りあるものがあると私は思う。彼の目標は単なる利益の追求ではなく、この欠陥だらけの資本主義経済体制を改善し、貧困を撲滅するという遠大なものなのだ。そこを見逃して欠点のみをあげつらうのはどうかと思う。


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