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現代の神々.1

異星人としての神

私もUFOと呼ばれるものを何度か見たことはあるが、現在多くのマスコミや一般の人がUFOをカメラやビデオに収め、それがテレビで放映されている。FUOがどこから来ているのかは別として、いまやその存在自体を疑う人は少なくなったのではないかと思う。しかし実はUFOは古代から現在まで常に目撃されていて、様々な記録が残され、絵画やイラストとしても残されている。

多くのUFOに関する情報をテレビやインターネットで得られるようになった現在、神とは異星人のことだと考える人が出てきた。ただひと頃は異星人を神のように崇める人たちも多くいたが、最近ではアメリカ映画の影響もあってか、異星人にも悪人がいると思う人が増え、以前ほどの熱狂ぶりはなくなったように思う。

古代の人々は人工的な飛行物体など見たことはなかったから、目の前に宙を舞う物体が飛んで来れば、当然一種の生き物だと思っただろう。その生き物の中から、見たこともない人間風の生命体が出てくれば、空から来たのだから神も同然ということになっただろう。これは別に古代人を小馬鹿にして言っているのではない。彼らは我々がすでに失った、物や自然に対する当たり前の感覚を持っていたと言いたいだけだ。すなわち全てのものに生命を感じる能力を持っていたと言いたいだけだ。

民話の『浦島太郎』に出てくる亀として扱っている乗り物は、こうしたことを示唆していると思われる。また聖書のエゼキエル書の記述からは、神が乗る明らかに人工的な飛行物体を、エゼキエルが何とか生き物として描写しようとしている様子が伝わってくる。古代インドの『マハーバーラタ』やメソポタミアの粘土板の記録にも、こうしたことをうかがわせる多くの記述がある。

現在はもう少し複雑で、異星人と会った人たち、または異星人と交信した人たちが宇宙の成り立ちや神の概念について説明を受け、それをこれこそ真理だとして数々の本に書いて出版している。しかしこれらの真偽を見極めるのは非常に難しい状況にある。読者はこれといって検証する手段を持たないので、鵜呑みにしてしまうことも多い。我々にできることといえば、徹底的に読みあさって比較検討することくらいだが、一般の人にそれほどの時間があるわけもなく、またそこまで突き詰めて調べる努力をする人も少ないと思う。

私の感想を言えば、多くのものは穿った説明がなされているが、よく読むと大抵の場合「何か変」だと感じる箇所がある。また様々な出版物を比較検討すると、ある一つのことについてそれぞれ違う説明をしていることも分かる。たとえば人類がどのように生まれたかについては、異星人が自分たちの遺伝子と地球の類人猿の遺伝子を掛け合わせてホモサピエンスを創造したというもの、高い次元の生命体が次元降下して三次元で受肉したというもの、異星の犯罪者が地球に島流しにされて住み着き地球人になったというもの、限りなく進化した生命体が自分たちに仕える下僕として創造したというものなど、様々な説明がある。

こうした異なった説明は人類の誕生に関してだけではない。ピラミッドやイエス、宇宙の成り立ちや神の概念、空間とは何かなど、様々な分野にわたっている。このため調べれば調べるほど一体何が本当か解らなくなる。

したがってある人たちは、一ヶ所でも変だと感じたら信用に値しないと考えるべきだという判断基準を提示した。これはある程度有効だと私も思う。よく解らないのと変なのとは違うからだ。それに現実の物事の判断というのは、数学的・論理的な正誤判断のように単純なものではないため、最終的には自分の感性に頼るしかないという理由もある。常に偏りを避けるように心がけながらものを読み、意見を聞き、その後はその内容が魂に訴えるものかどうかを感知するしかない。一見この方やり方は頼りないものに見えるかもしれないが、そうではないと私は思う。経験上、魂に訴えるものに常に注意を向け、それを感知していれば、人はそれほど道を踏み外すことはないと思う。

現代の神々.1最後に異星人に関する私の考えを述べておこう。異星人は我々と同じ知的生命が進化したものだと思う。その進化の段階は様々で、我々と技術的に数百年しか離れていない生命体もいれば、はるか数千万年も進んでいて我々の想像の及ばない段階に達している生命体もいると思われる。しかしいずれにせよ彼らは単なる知的生命体であり、いかに優れていようと我々を超越した神ではない。何故なら先ほども言ったように、神とは宇宙そのものだからだ。厳密にいえば我々は宇宙の一部であり、神なるものの分霊なのだから、そういう意味では我々も神であるといって言えないことはない。しかし我々の多くはその神性を魂に埋め込んだまま見出せないでいるのが現状だろう。

現代の覚醒した人たちも歴史上の覚醒した人たちも、自分が神だとは言っていない。みな神性と通じ合い、自分は生かされ、知恵を授けられたのだとしか言っていない。すなわち彼らも、神の分霊ではあるが神そのものではないという認識を持ち、あるいは持っていたということだ。こうしたことを考えれば、地球人であれ宇宙人であれ自分が神だと言い張る者に対しては、いくら真理を語っているように見えても決して鵜呑みにしてはならないだろう。もう少し言えば、自分には何々の神が宿った、自分は何々の神の生まれ変わりだ、自分は何々という異星人と交信しているといった類の人々も注意が必要だろう。

人によっては、それでも中には本物はいるのではないかと考える人もいるだろう。私はそうした人にどうこう言うつもりはない。実際スピリチュアル系の書物の中にも変だと感じるところが見当たらないものもあるらだ。


高次元霊としての神

現在の物理学界では十次元理論が主流となっている。しかしそれは宇宙誕生の時に一瞬だけ存在したもので、すぐにそのうちの六次元は畳まれ、四次元だけが残ったというものだ。四次元というのは我々のこの世界のことで、説明するとゼロ次元が点、一次元が線、二次元が平面、三次元が立体で、これに時間の一次元を加えたものが四次元のこの世界ということになる。

スピリチュアル系統の書物には五次元から七次元までの話がよく出てくる。中には十二次元の話まで出てくるものもある。しかし次元についての説明や、その構造や性質についての説明はほとんどされていない。

では少し次元の話をしよう。原物質探求の旅は数千年にわたって続いてきたが、未だその正体は突き止められていない。近年『超ひも理論』が登場し、一時脚光を浴びたが、この理論にも欠陥があることが解って、興奮は一気に冷めた。私は物質の正体は一次元的なひもや物としての塊ではなく、波動だと思っているので、その周波数の高い低いが次元を形成するのではないかと推測している。

不確定性原理から導き出された量子論では、すべての物質は粒子であると同時に波動であると説いている。粒子は一点に固着したものであり、波動は波紋のように広がる性質を持つ。これは全く正反対の性質だが、量子論では理論上矛盾しないのだと言っている。

我々が知っているもので代表的な波は光だ。実は光は一連の波のほんの一部で、現代科学の知り得る限りを周波数の低いものから高いものへ順に並べると次のようになる。

電波→ マイクロ波→ テラヘルツ波→ 赤外線→ 可視光線→ 紫外線→ X線→ ガンマ線だ。ではガンマ線より周波数の高いものは発見できないのだろうか、あるいは存在しないのだろうか。他の項でも述べたが、私はそれ以上周波数が上がると、実際にはあってもこの次元を超えて捉えられなくなるのではないかと思っている。それが五次元で、さらに上がるともうひとつ次元を超えて六次元、さらに上がると七次元というふうになるのではないかと思う。

電波とガンマ線では交信できないように、高い次元にある生命体と我々は交信できない。もし交信しようとすれば、いくつかの中間の生命体を通じてするしかない。したがって手続きが複雑になるだろう。また直接交信しようとすれば、その交信は我々にとって非常に微弱なものとなるに違いない。『ひふみ神示』には高い次元の霊が宿るときは、本人にも周りにもそれと解らない状態で宿るのだと書かれている。逆に低級霊はこの世と次元が紙一重なので、姿を現わしたり音を立てたりすることも可能なのだと言っている。

このように我々より少しだけ次元が高い(半次元だけ高いこともあり得る)霊が我々に干渉することはよくあるようで、一般に言われる狐憑きなどはその代表だろう。しかしそうした低級霊が時には様々な神の名や異星人の名を騙(かた)って人を惑わすこともあるという。したがって我々は審神(さにわ)によっていかなる霊、いかなる神かを見極める必要がある。

高次元霊は波動の周波数においては我々より高いが、必ずしも他の面においても優れているとは限らない。高次元で且つ優れた霊から見れば、低級霊の仕業は子供だまし程度のものだろう。低級霊は肉体が滅びた後、様々な執着を持った者が行くいわゆる幽界に存在しており、本来行くべき霊界にいるわけではない。そのような霊が発する言葉や合図を、我々を超越した神からの通信などと思うのは大きな誤りだろう。

私は高次元霊が我々と隔絶した神だとは思わない。彼らは我々が魂の進化を成し遂げた末の姿であり、我々が歩むべき道筋の延長上に存在するいわば先輩なのだと思う。この固定された時間と空間に閉じ込められた我々は、生まれ変わりながら様々な体験をし、様々な命の形態と考え方と感性の在り方を知り、酸いも甘いも噛み分け、善悪こもごもを知りつくし、その上で『我』を取り除くことによって初めて高い次元に進化できるのだと思う。その道のりの一歩一歩が我々の日々の生活なのだと思う。


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