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現代の神々.2

神話の神々

神話の神々は何か変だ。それは神々があまりにも人間に似ているからだ。神話の世界に善悪の基準はないものの、神々の喜怒哀楽の表し方は人間そのものかそれ以上に激しく、嫉妬や憎しみなども生のまま顕わにする。彼らは空を飛んだり天界と地上界を行き来したりするが、心や精神は決して人間を超越しているとは思えない。

ゼウスを最高神として展開するギリシア神話では、その内容が人間界の王族や支配者たちの間で繰り広げられるドラマと大差なく、彼らが空を飛んだりしなければ、人間界の直情的な者たちの集団の生き様をそのまま描いたものとして見ることができる。このことは一体何を意味しているのだろう。

他の項でも述べたが、彼らは神などではないということだろう。異星から知的生命体がやって来て、ちょっとした機械や文明の利器を使えば、そうしたものを持っていなかった地球人からすれば、自分たちを超越した神のように見えたに違いない。今もってUFOや異星人を崇拝している人たちがいるのだから、昔も今も事情は大して変わらないだろう。このような視点をもってすれば、神話は深層心理学など持ち出さなくても容易に納得のゆく解釈ができる。

シュメールの粘土板に楔形文字で書かれた記録もこのことを裏付けている。その内容は他の神話のように単なる物語として読むこともできるが、ゼカリア・シッチンの解釈によれば神々はニビルという星から来た異星人以外の何者でもないという。彼らは奴隷を得るために類人猿と自分たちの遺伝子を混ぜ合わせて人間を創り、地球を支配する覇権争いを延々と続け、その戦いの中で核兵器を使い、また意にそぐわない人間どもは町ごと滅ぼしたりしているという。

古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』や『ラーマーヤナ』には部族間、あるいは神々の戦いが描かれているが、空を自由に飛ぶ船(ヴィマナ)や、魔王や神猿などが出てくるので、これも正体を異星人と解釈すれば発生の由来に納得がいく。ヴィマナは現在我々がUFOと呼んでいるものと同じようなものだろうし、また『リグ・ヴェーダ』に出てくるインドラの雷(いかずち)と呼ばれるものも、正体は現在の核兵器と同じものを意味していると考えれば納得がいく。

現代の神々.2さてこれらのあまり印象の良くない異星人に対して、ホピ(ネイテイブ・アメリカンの種族のひとつ)の伝承の神々は異星人を思わせる面がありながらも印象は悪くない。ただしホピの神々は高次元霊の可能性もあるので、一概に異星人だと言い切ることはできない。

このホピの神話に出てくる神々は天地・人間を創造し、これを祝福している。そして人間が楽しく幸せに暮らすことが神々にとって歓びなのだと言っている。しかし人間が自分のことばかりを考え、目先の欲に囚われるようになると、地上のすべてのものを一掃して、やり直しをさせている。神は自分よりも他の人のことを思って生きる純粋な人間だけを地下世界の蟻族にかくまわせ、新しい世界ができたときに地上に出したという。

ホピの伝承によると、このやり直しは過去に三回あったという。すなわち一回目の世界は火によって滅び、二回目の世界は氷によって滅び、三回目の世界は水によって滅びたという。我々のこの世は四回目の世界ということになる。しかしこの世界も、人々が自分のことばかり考えるようになったので、じきに滅ぼされるのだそうだ。その際の災いは過去に滅びた際のすべての災害が一度にやってくるという。

ホピについてもう一言付け加えておけば、次のやり直しの際はホピの多くの人々も生き残らないだろうと言っている。それはホピ族の大半が今や誤った文明(欧米文化のこと)に染まり、誤った宗教(キリスト教のこと)に洗脳されてしまったからだという。そして他の世界中の国の人たちもほとんど生き残ることはないという。しかしその中で日本人だけは、彼らと共通の何かを持っているらしく、他の国の人々に比べると比較的多くの人が生き残るようだ。


日本神話の神々

日本神話の神々は様々な解釈が可能だ。ホピの神々にも似ているが、異星人とも高次元霊とも汎神論的な自然霊とも解釈できる。記紀神話(古事記及び日本書紀のこと)に最初に現れる天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、次に現れる高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)、その次に現れる神産巣日神(カミムスヒノカミ)についていくつか解釈してみよう。

一つは宇宙創世の成り行きを示すものとして、天御中主神が宇宙そのものとして現れ、高御産巣日神が銀河として、神産巣日神が太陽系(すなわち恒星)として現れたとの解釈。これは宇宙が生まれる様子を物理的に表現したものとも取れるし、宇宙自体が神と同一であり神そのものであるという汎神論的記述として解釈することもできる。

もう一つは天御中主神が宇宙を生んだ最高霊であり、高御産巣日神が高い次元の世界を生み出した高級霊であり、神産巣日神がその下に多くの神々(すなわち世界)を生み出した霊という解釈だ。この三柱の神の次に国常立尊(クニトコタチノミコト)が現れ、地上の世界を創った。国常立尊から七代目が伊耶那岐尊(イザナギノミコト)、伊耶那美尊(イザナミノミコト)だ。この夫婦神の結びつき (結婚または性的合体)によって国生みが行われる。国生みとは日本の島々が次々と生み出されてゆくことで、この二柱の働きによって日本列島が生まれたとされている。

伊耶那岐と伊耶那美はまた神々も生んでいる。この二柱は様々な神を生んでゆくが伊耶那美が火の神を生んだとき火傷を負って黄泉の国へ行ってしまう。その後は伊耶那岐独りで多くの神々を発生させている。この辺の成り行きを読んでいると、どこまでが物理的な国で、どこからが霊的な神なのかよく解らなくなる。しかしひょっとしたら物理的なものと霊的なものという分け方は人間の誤った基準によるもので、それらは実は同じ本質的な現象の別の現れ方を示しているのかもしれないとも思う。

さて多くの神が生まれた後、天照大神(アマテラスオオミカミ)が現れ、瓊々杵尊(ニニギノミコト)と木花之開耶姫(コノハナサクヤヒメ)を経て神武天皇が現れる。これが天皇としての第一代目とされる。神武天皇から十六代目が仁徳天皇であり、三十八代目が天智天皇(中大兄皇子)であり、百二十五代目が今上天皇(きんじょうてんのう=今の天皇=平成天皇)とされる。

これらは確定した事実とはいえないものの、神から人間へと変わってゆく様子を示している。これは古代シュメールの粘土板に記された、異星人の支配から人の支配へと移ってゆく過程とよく似ている。ニビル星人イナンナ(女神)がアッカド王と褥(しとね)を共にすることによって王の権威を与えた経緯は、おそらく一代目の神武天皇も行なったであろう儀式と同じものと推測される。何故なら日本の天皇の即位の儀式である大嘗祭(だいじょうさい)で、新天皇が天照大神と一夜を共にする儀式を行なってきたからだ。

昭和天皇が崩御されて皇太子が天皇に即位するとき、大嘗祭の内容が報道されると、世界中があっと驚いた。それは人間が神と褥を共にすることによって支配者のお墨付きを得るという古代の儀式が、今も日本に残されているのが判ったからだ。この儀式は古代ではあちこちに存在していたが、未だに行われているのは世界広しといえども見当たらない。それがアマゾンやニューギニアの土着少数民族の間ではなく、先進国の、しかも経済大国の日本で行なわれていたことに世界が仰天したのだ。今まで謎に包まれていた大嘗祭が少しだけその内容が公開されることにより、世界が改めて日本の不思議を痛感したのだった。

このように日本の神話は異星人の関与も推測させる内容を含んでいる。


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