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所長の見解2-超人たちの出現

有名無名を含め、古来から多くの超人たちが存在した。例を挙げればきりがないが、釈迦、イエス、孔子、親鸞、日蓮等など、彼らにまつわる奇跡のような出来事は枚挙にいとまがない。このような有名な人たちでなくても、無名の超人たちがたくさんいたと思われる。

ある長屋に住んでいた普通のおばあちゃんが、病人が来ると「南無帰命頂礼(なむきみょうちょうらい)」と唱えて痛いところを摩ると、たちまち治ってしまったという話がある。これは戦後間もない頃の話だ。しかしこのおばあちゃん、ある時から病人を治せなくなってしまったという。実はおばあちゃんは読み書きができなかったせいか「なむきみょうちょうだい」と唱えていたのだ。そう言っていた時は病気を治せたのだが、近所の学校を出た若者が「ちょうだい」ではなくて「ちょうらい」ですよと教えところ、その後は病気を治せなくなってしまったという。おそらく「ちょうらい」では違和感があり、さらに若者の間違っているという指摘が自信をなくさせたためにその能力を失ったのだろう。それはそれとして、このような能力を持った人は全国にたくさんいたのではないだろうか。

無名の人は記録に残らないし、口伝としても少しの間は伝えられても、やがて人々の記憶から消え去ってしまったことだろう。歴史に埋もれた多くの無名の超人たちはもはや永久に日の目を見ることはないだろう。

ところで超人は現代にもいる。まったく寝ないで普通に生活している人がテレビや雑誌で何人も紹介され、まったく食べないで生きている人も何人も紹介されている。これは科学だけを判断のよりどころとしている人には俄かに信じがたい話だろう。幼稚園でスプーン曲げの授業をしたところ、ほとんどの園児が曲げてしまったと報告している人がいる。速読の教室を開いている人は、訓練しているうちにほとんどの子供が一冊の本を数分で読めるようになり、その中の何人かは、終いには本を開かなくても内容が解るようになったと報告している。医者が治せない患者を、気の流れを正常に戻すことによって数分で治してしまう人もいる。

前世の記憶を持っている人もいる。テレビや雑誌で紹介されたが、インドのある少年は自分は隣村で生まれて事故で死んだが、家族は今もそこに住んでいると言ってきかなかった。そこでマスコミが学者を連れてやって来て検証した結果、事実であることが判明した。これは有名な事例だが、他にも公にされていなものも含めれば前世の記憶を持っている人は数えきれない程いるだろう。ひと頃はマスコミが騒ぎ立て、何冊もの本が出版されていろいろな人が紹介された。

天気予報で雨だと言っても、あるいは実際に雨が降っていても、現地に行けば雨が上がってしまうという人もいる。身の回りにいろいろな物が現れるという人もいる。木彫りの大黒様や観音像が現れたり、忘れてきた物が出現したりなどだ。幽体離脱をして異次元を体験したり、宇宙の真相を垣間見てきたりして、それを本に書いて出版している人もいる。

所長の見解2-超人たちの出現例を挙げればきりがないのでこの辺で止めるが、では一体どうしてこのようなことが現実に起こっているのだろう。一つの説明は、我々が「出来ない起こらない」と思っていることによって出来もしないし起こりもしなくなるということだ。これは我々が学校や家庭で受けた洗脳教育によってそのように限界づけられた観念を持ってしまうことによる。人は幼い時から無数のことを出来ないと教え込まれる。子供にはそれを拒否する術(すべ)はない。したがって動物と話ができる子供も、そんなことはあり得ないと親に叱られることによって話すことを止めてしまう。欲しいものを現出させることのできる子も、親にどこから持ってきたのと泥棒呼ばわりされると二度とそうしたことはしなくなるだろう。このようにして子供の頭の中に「出来ない起こらない」という枠組みが嵌められてゆく。

大人はそうした枠組みを当然のように思って生きているので、様々な超人を疑いの目で見る。大人たちはまるで枠組みの塊のようで、自分が教え込まれた枠組みの世界から一歩も出ようとしない。しかし上に挙げた様々な超人を素直に見れば、自分の信じる枠組みが果たしてどれほど確かなものか解らなくなるはずだ。一体「出来ない起こらない」という言葉にどれだけの根拠があるのだろう。

私は地球人はあまりにも多くの枠組みにがんじがらめにされているように思う。大人が子供に「そんなことはあり得ない」というように、多くの人は、生まれ変わりなどない、宇宙人などいない、UFOなど存在しない、本を開かないで中身が解るはずはない、幽体離脱などあるはずがない、等など際限なく「ないない」を繰り返す。私は地上にこうした枠組みが存在し、多くの人がそれを信じ込んでいる背景には、巨大な何者かの意図を感じざるを得ない。(これについては「闇の支配者」のところで述べることにする)

私は昨今いろいろな分野で覚醒した一種の超人が次々と現れてきているように思う。この人たちは最初は孤立無援の中で声を上げていたようだが、いま徐々に理解者が増えてきてその輪は広がりつつあるように思う。先ほども言った、何もないところからいきなり物を現出させる人や、医者が治せない病気を気によって治してしまう人などはその典型だが、しかしこういう目立つ人だけでなく、覚醒によって物事の本質が見えるようになった人はどんどん増えてきているように思う。こういう人たちは会えば互いにそれと解るので、その輪は徐々に広がりつつあるようだ。

中には低級霊に取り憑かれただけの人もいるようだが、本物の覚醒者は確実に増えていると思う。覚醒する人たちの中には最初は一つのことだけについて(たとえば愛についてだけ)覚醒する場合もある。実態は解らないが、一気に覚醒する人よりもこちらの方が多いように思う。とはいえこういう人たちはその後の努力によって、次々といろいろなことに覚醒していく傾向があるようだ。これら覚醒者たちは今のところ少数を除いて公の場に姿を現していない。何故なら彼らは物欲や金銭欲を持たず、自己顕示欲や名誉欲もよく制御されているからだ。したがって今は簡単にそれと見分けがつかない状況だと思う。

他に超人とまでは言えないものの、霊的な世界に切り込み、これまで科学界が認めなかったものを、新たな機器を開発して証明しようとする技術者が出てきている。彼らは天才というよりは、何者かに導かれて発明に至っているふしがある。それはいわゆる天啓と見ることもできるし、一種の覚醒と見ることもできるだろう。

今科学がもたらした負の遺産に気付いた人たちが、別の科学、あるいは科学に代わる何かを求め始めている。そうした中で現れてきた、精神世界と物質世界を結びつけるだろう新たな技術が、これからますます注目を集めることになると思う。(何のことを言っているのかピンとこない人のために、例として機器の名前だけ挙げておこう:銀河の泉=蘇生水を作り出す機器:MRA=物質世界も精神世界も同じ波動として測定できる機器:QES=言霊をコード化して機械に入れ、その波動をこれから発して生物・物質に良い影響をもたらす機器、など)

私はこれらの超人はもうすぐ時代が変わろうとする現代に、魁(さきがけ)として現れてきた人たちではないかと思っている。少し前までは孤立していたこれらの人たちは、まるでユングの言う共時性(シンクロニシテイー)のもとに表舞台に現れたかのようだ。これから彼らが互いに手をつなぐことにより、この時代を変える旗手としてその原動力を相乗的に高めてゆくのではないかと思っている。


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