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ソーシャル・ビジネス

これまで述べてきたように、歪んだ現実が放置されたままになっているのが現状だ。しかし閉塞感の中で手をこまねいていては状況はますます悪くなるばかりだ。では我々は何をどうすればいいのだろう。

少なくとも我々は、際限のない利益を追求する経済システムから離脱しなければならないだろう。安定した、生活に不安のない社会を想像してみるなら、そこでは際限なくお金を貯めることも、際限なく利益を追求する必要もなくなっているはずだ。我々はそうした社会を実現するために、たとえ遅きに失すると見えても、行動を起こすべきだと思う。

ムハマド・ユヌス氏が世界に向けて提唱したソーシャル・ビジネスは、政府の援助や寄付金を集めて必要なところに回すといった使い切りのやり方ではなく、企業として利益を得ながらその利益を社会に還元していくというものだ。彼の描くソーシャル・ビジネスは基本的にNPOやNGOとは違う。援助金や寄付金が毎年消えていくNPOやNGOのスタッフは常に資金集めに奔走しなければならない。一方ユヌス氏の言うソーシャル・ビジネスでは利益を得るために企業活動をしなければならないので、大きな努力と労力が求められるが、こちらの方には二つの利点がある。その一つは経営を軌道に乗せれば寄付金や援助金に頼らなくても、永続的に社会還元が出来ることであり、もう一つは会社を大きくすることによって雇用を生み出すことも可能になることだ。

私はNPOやNGOの活動を批判しているのではない。今現在死に瀕している人たちに援助の手を差し伸べなければならないのは当然であり、そういった活動も必要だと思う。ただ言いたいのは、現存の経済システムが改善されない限り、そうした援助は延々と続き、必要なお金はさらに増えていくだろうということだ。

中にはこういう人もいるだろう。「利益を得なければ社会還元は出来ないのだから、理想ばかり追っていても会社経営は成り立たず、社会還元などできるはずはない」と。全くその通りだ。ただ、だとしたら何故今のような病んだ世界が出来上がったのか、そしてその原因はどこにあるのかを明らかにしてほしいと思う。その原因を突き止め、根っこを改めなければ何一つ解決しないだろう。問題は根本の改革であり、利益の追求ではない。これはややこしく聞こえるかもしれないが、べつに解りずらい話ではない。要するに利益は求めるが、際限のない利益は求めないということだ。そしてもう一つは(初めは難しいだろうが)自然破壊や汚染物質を作らない形での企業活動で利益を得ること。そこから生まれた利益を社会に還元することだ。私はソーシャル・ビジネスをこうした企業形態として定義したい。

ムハマド・ユヌス氏によればソーシャル・ビジネスはこれ以外にもいくつか特徴を持つ。それは出資者は利子や株の配当を受け取らないということだ。しかし寄付ではないので少しずつ元本は返してもらい、株を手放してゆくことに同意する。会社側から見れば出資は募るが配当や利子は支払わず、利益の中から株を買い戻してゆくことになる。これは今までにない企業形態であり、ソーシャル・ビジネスに相応しい形態だと思う。

所長の見解3-神の特性.2私はこれに次のような特徴を付け加えたい。社内の組織形態についてだが、社員には一応肩書はあるものの、それは上下関係を意味するものではないということだ。それぞれが自分の役割を果たすことが使命であり、社長といえども一つの役割に過ぎない。各自が自分の持つ能力を発揮することによって、全体として高度なシステムが実現できると考えるので、社内では肩書で呼び合うことはなく、互いに名前で呼び合う。

また給与に関しては、肩書による格差はない。社長であっても一社員であり、普通の給料を受け取る。給与体系は基本的に家族構成や必要性を加味して決めるのがいいと思う。社内の上部の人間や社長や重役が際限なく収入を得るのではなく、一定の金額を超えては給料を受け取らないことにより、社会還元の金額も増えるだろう。際限のない所得への欲望が歪んだ経済社会を生み出したのだから、そうした弊害を招かないためにも、これは厳守しなければならない。

さてソーシャル・ビジネスはバングラデシュのムハマド・ユヌス氏によって広く知れ渡るようになってきたが、彼が実践したり提案したことを、そのまま経済大国と言われる日本で行なっても成功するとは思えない。日本が抱える病理を治すには、日本人が日本に合ったやり方で行なわなければならないだろう。上に述べたことは日本の経済社会における新しい挑戦となるだろうが、しかしこれではまだ不完全だ。けれども多くの人々が挑戦し、様々な形態のソーシャル・ビジネスが現れてくれば、互いに学び合ってより良いものを作っていけるだろう。そしてソーシャル・ビジネスが世の中の主流になった時、時代は大きく変わり、新たな経済社会が実現するだろう。


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