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概観

これまで述べてきたように、経済社会を変えること、スロー・ライフを実現すること、そして幼児・学童教育を変えることによって世の中は大きく変わると思われる。実はこの三つは別々の事柄ではなく、互いに密接に繋がっている。経済社会が変わることによってスロー・ライフが実現可能となることはお解りいただけると思うが、いくら世の中が変わっても、人間そのものが変わらなければ真に住みやすい世の中は実現しないだろう。上に述べたような幼児・学童教育が行なわれなければ形だけの改革となってしまうに違いない。これらの三つが揃って初めて、住みよい社会が出来上がるのではないだろうか。

不安にさらされた現代、多くの人が自分のやるべきことを見失い、人類全体も行くべき方向を見失っている。スピリチュアル系統の本が売れまくり、ヒーラーやチャネラーを自称する人々が増え続けているのも、こうした状況を物語っているのだと思う。膨大な情報が溢れ、何が本当か解らない世の中で、多くの人たちが迷える子羊となっているのだろう。

概観ここで述べてきたことは一つの未来への提言だ。中には甘い理想に過ぎないと言う人もいるだろう。しかし多くの人が可能だと思うことによって物事は現実になってきた。私は単なる理想を述べるだけに止めないため、実際にソーシャル・ビジネス・ネットという組織を立ち上げた。それはまだ走り出したばかりだが、何人もの人が賛同し、協力してくれている。この組織が大きいか小さいかは今は重要ではない。それよりもこの世界を変えるという明確な意思表示を、何人もの人が示してくれたことが重要なのだと思う。一人ひとりが新しいことに向かって意思を表明することによって、周りの人にその意思が存在することが伝わる。するとただ漠然と思っていただけの人が、その意思の存在を知って変わることもあるだろう。だとすればその人も賛同者となり、我々の行動に参加するかもしれない。べつに生活のすべてを提供する必要はなく、ささやかな協力から始めていいと思う。問題はこんなことで世の中が変わるのかと疑わず、いつか大きな流れとなって世の中が変わると信じて進むことだと思う。

私の感想を言えば、先に述べたように現在の資本主義経済社会は崩壊の瀬戸際にあると思う。そしてこの流れは止まりそうもないように見える。もし資本主義経済が崩壊すれば、都会も崩壊するだろう。様々な欲望と戦いと駆け引きが渦巻く都会はやがて廃墟となるかもしれない。そうした感想を持つ人は少しずつだが増えているように思う。しかし悲観ばかりしていても何も変わらない。しかも悲観のみでは崩壊の流れに加担することになる。もしこの絶望的な状況から脱する道が残されているとすれば、それは我々が自ら行動を起こし、それに邁進することだろう。それが成功するかどうかは実は大して問題ではない。なぜなら結果ばかりを気にしていては何もできないし、逆に何もしないでいるのは現状を是認することになるからだ。

未来図についてもう少し踏み込んで言えば、先ほども述べたように近い将来我々は農業を中心とした社会を形成しているように思う。そこではお金は使われず、物々交換が基本となる世の中になっているだろう。もしお金があったとしても地域通貨のようなものだろう。そう予測できるのは、人類の底知れない欲望を生み出し、支配権力を生み出したお金がなおあるとすれば、今の世の中が依然として変わっていないことになるからだ。

実は確かな証拠があるわけではないが、僅か100家族程度の人々が現在の世界の富の8割ほどを握っているという話がある。これらの人々が金で人類を陰から操っているということらしい。もしそうだとすれば、その支配を終わらせるためにも、我々は金のない世の中を実現しなければならない。

人類の歴史を見れば、どんな社会もどんな状況も変わらなかったためしはない。永遠を願う者たちの夢は常にはかなくも裏切られてきた。現状がこのまま続くと安閑としている人たち、また現状維持に躍起になっている人たちは、共に大きな変化に直面して気が動転するだろう。

我々は間もなく起こるだろう大変化に対処できなければならない。それには単なる心の準備だけでなく、新しい世の中に向けての行動を起こすのでなければならない。我々の今の行動が未来へ繋がるのであり、それが明日への唯一の懸け橋となるからだ。

<ソーシャル・ビジネスと新機軸の項 終わり>


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