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今我々に何が出来るか

闇の支配者―それがフリーメイソンであろうとイルミナテイーであろうと東部エスタブリッシュメント(WASP)であろうと―彼らが人類の歴史を操ってきたために今のような世の中になったのはおおよそ間違いないだろう。何故ならこれまで述べてきたように、今ある世の中の状態が本来あるべき姿とは思えないからだ。ただこの世の闇の支配者の背後には、霊的世界から彼らを操る悪神たちがいると思われる。あるいは両方結託した仲間であるかもしれない。いずれにしても人間の世界は彼らによって支配され操られていると思われる。

我々は教育システム、労働、情報によって洗脳され、物事の本質が見えなくなっている。我々の多くは自由意思によって職に就き、自由意思によって物を買い、自由意思によって生き方を選んでいると思っているかも知れないが、実際はほとんどが作られたものを甘んじて受けているに過ぎない。何故なら多くの人は既存の仕事や既存の商売の仕方によって金を稼ぎ、宣伝や流行で植えつけられた欲望によって物を買い、洗脳によって抱え込んだ恐怖と不安から限定された生き方を選ぶことを余儀なくされているからだ。

盲(めしい)のように真実は見えず、聾(みみしい)のように重要な情報は聞こえず、奴隷のように身も心もくたくたになるだけ働かされて一生を終える。この事実に気付かず、目を向けようとせず、現状に追従し、この体制を維持しようとしている人に私は言うべき言葉を持たない。しかしもし少しでも今の現実がおかしいと感じているなら、ただ傍観しているだけでなく、何らかの行動を起こしてほしいと思う。そう感じている人には、周りの聞く耳を持つ人にも呼び掛けてほしいと思う。こうしたことについて二千年前に書かれたマタイ伝に次のようなイエスの言葉がある。

『あなた方は聞くには聞くが、決して悟らない。
 見るには見るが、決して認めない。
 民の心は鈍くなり、
 その耳は聞こえにくく、
 その目は閉じている。
 それは彼らが目で見ず、耳で聞かず、心で悟らず、
 悔い改め癒されることがないためである』

今、闇の支配者はグローバリゼーション(国際化・地球規模化)を進めることによって国境を取り払おうとしている。それは一つの権力によって世界を支配しようという彼らの計画の最終段階でもある。彼らが描く未来のヴィジョンは恐怖政治によって人類を奴隷化し、永遠に滅びない唯一の独裁政権を地上に打ち立てることだ。この目論見は1890年代に世に出た『ユダヤ議定書』にも、マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドが1773年に秘密会議で発表したと言われる『世界革命行動計画』にも記されている。その内容が今まさに実現の段階に差し掛かっている。客観的には今でさえ我々は奴隷のような状況に置かれているけれども、その最後の仕上げが終わった時には、もはや目に見えない檻の中に閉じ込められた真の奴隷として、反旗を翻すことはもちろん、自分の意思で行動することも、自由にものを考えることもできない状態に置かれていることだろう。

ひふみ神示』によれば、これから起こることがらは人類史上また地球の歴史上誰も見たことがない、そして二度と起こることはないような艱難だという。聖書には『そのとき生き残った者は、すでに死んだ者たちを羨むであろう』ということが記されている。これは地獄の苦しみを味わいながら、死ぬことさえできない状況に置かれるということだ。続けて聖書には『それが短い期間であるよう祈りなさい』とも書かれている。

私は予言者ではないのでそれがいつ来るかは言えない。しかしごく近い将来だと個人的には感じている。ではそれまでの間、我々は何をすべきなのだろう。

再び『ひふみ神示』を引用すれば、その時は真(まこと)の神が懸かっていなければ、すなわちそこらの低級霊ではなく、真の神懸かりになっていなければ生き延びれないと書かれている。もし生き延びる道を選ぼうとするなら、自らの御霊(みたま)を磨き、「我よし」の考えを捨て、悪をも憎まない心になって、真の神が懸かれるようにしておかなければならないという。これはエゴを捨て寛容性を養うということだから大変難しいことに違いない。しかし私はしなければならないのは心の準備だけでは足りないと思う。

今の世の中が終わり新しい時代が来るのだから心を清めなければならないと、自己満足的な瞑想や物欲を捨てることだけに夢中になっていてはいけないと思う。この世が終わろうが人類が滅びようが、人間の意識は継続して存在するに違いない。だとしたら今おかしいと思う現状に対して何らかの行動を起こしているのでなければ、肉体が滅びた後も結局何も変わらない状況の中に置かれることになるだろう。なぜなら今の自分がそのまま新しい時代への架け橋となるはずだからだ。したがって現在の世の中に疑問と不安を感じているなら、それを変えるための行動を起こしていなければならないはずだ。

仏教の修行僧もキリスト教の修道士も、突き詰めれば他人(ひと)のためというよりは、自分のために励んでいるに過ぎない。山にこもったり修道院に入ったりして自分を磨こうとする心理の底には、他人より優れたいという我欲が横たわっているだろう。人は独りだけで励んでも意味はない。それは例えば宇宙に自分一人だけしかいなかったとしたら、いくら自分が優れた存在になっても意味をなさないと同じだからだ。哲学的表現を摂れば、我々は他者と対峙してはじめて自己の意味を得る、ということになる。これは人は自分だけのためでなく、他人のためにも行動しなければならないということを意味する。

今我々に何が出来るかさて、これまで述べてきたことを一言でいえば、最初にいた悪神と悪霊が闇の支配者を作り出し、彼らと手を組んで膨大な金を集め、それを使って世界中の指導者や組織を思いのままに操ってきたということになる。この現実を自分には関係ないこととして意識から除外し、何もせずに結果的に現状を肯定してしまうなら、新しい時代の一員としての資質があるとは言えないだろうと思う。このまともとは言えない我々の世界に疑問を持ち、その本質を見極め、かつそれを変えるために行動を起こさなければ今の世の中に生まれてきた意味はないと思う。

最後にこの現実に対して具体的にどんな行動が取れるか、私なりに考えたことを列挙してみたい。それはささやかなものにしか見えないかもしれないが、しかし勇気と決心を伴う行動には大きな意味があると思う。

・自分が経営者の人は同業他社と戦うこれまでのやり方についてじっくり考えてみる。そしてたとえ自分が勝ち残ったとしても、際限のない利益追求が結果的に世の中を歪め人間関係を歪めていることに気付くこと。そして出来るだけ早く、互いに手を結び、助け合って共に豊かになることを考え、利益を社会に還元できる方策を探って実践する(これにはソーシャル・ビジネスの形態が参考になるだろう)。また社内でのヒエラルキー的組織形態を役割に応じた水平な関係に改める方策を探って実践する。

・会社に勤めている人は何が社会全体を歪めているかを考える。また自分の会社の体質についてもよく考え、その会社が現状を歪めることに加担している可能があれば、別の社会に役立つと思われる仕事に移る道を探る。それができない状況にあるなら、より良い人間関係を作り、より楽しい職場となるよう努める。また仕事はきちんとしながら自分にできる社会奉仕をし、給料も自分のためだけでなく、僅かでも他人や社会に役立つ使い方をする。

・派遣社員や非正社員は色々な人と接触し、それぞれの得意分野の智恵を出し合い、利益を社会に還元できるビジネスを立ち上げる道を探る。

・失業者やアルバイトで小遣いを稼いでいる人は都会に仕事を求めるのではなく、できれば地方の農業に働き口を見つけ、大地と共に生きる道を探る(これは近々来ると予想される食糧難に備えることにもなり、またそうした時に他の人々を助けることもできる)。

・専業主婦は家事の効率化を考え、作った時間で現実の問題と向き合い、何が世の中を歪めているかを考える。そしてその歪みを正すために何が出来るかを考え、自ら行動を起こす。またすでに行動を起こしている人に協力する。

・学生は学校の勉強をするだけでなく、社会奉仕やアルバイトを通して現実について学び、世の中を歪めているものについてよく考え、現実を変えるために何ができるかを模索して行動に移す。また既に行動している人に協力する。

以上は一般の人が出来るささやかなことだが、しかし実際に行動に移してみると様々な困難に直面するだろう。その時に重要になるのは決断したことをやり通す意志だ。諦めない意志だけがこの世を着実に変えていくに違いない。行動というものはささやかなものでも大きく人間を変える。失敗したり傷ついたりするのを恐れていては何もできない。それは今の自分をさらに小さくしてしまうことになる。

数えきれない問題を抱えた今の世の中で何もしないでいるのは、闇の支配者のなすがままにされることを意味する。自分を正しい道に導き自分を救うのは、自分を置いて外にいない。ものを見る確かな目を持ち、ものを聞く確かな耳を持ち、本物と偽物を見分ける心眼を持つことが自分を正しい道へ導くだろう。そしてそうすることが自分自身を新しい時代への架け橋たらしめるだろう。

<闇の支配者の項 終わり>


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