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歩く民―背景

アメリカのモンゴロイドはアジアから、かつて陸続きだったベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸に入った、と我々は学校で習う。氷河期は海水面が低く、アリューシャン列島やベーリング海が陸続きだったと考えられているからだ。しかし本当の氷河期であれば、北米大陸の北半分は氷河に覆われていたから、たとえベーリング海峡が渡れたとしてもそれ以上進むことはできなかったはずだ。したがって可能な時期は、完全に氷河期が終わる前の、ある程度海面が低く、しかも北米の氷河が融けて南への進路が開けている程度に温暖な期間ということになる。

したがって学校で教えるほど事情は単純ではなく、ベーリング海峡を渡れたのは微妙な時期であり、しかもそれにはかなりの苦労があったと考えるべきだろう。『一万年の旅路(原題:The walking people)』には、その辺の様子が詳細に描かれている。この本はイロコイ族の末裔であるポーラ・アンダーウッドが幼いころから憶えさせられた、膨大な量の民族の過去を記したものだ。これには貴重な歴史の事実が多く記されているので、内容的に歴史学の参考文献として第一級に属すると思われる。そこでこの本を参考にしながら、アメリカの先住民と呼ばれる人々について話を進めていこうと思う。

アンダーウッドによると、民族の歴史を記憶する者は幼い頃に決められるという。そのやり方はまず一族の子供たちを集め、一列に並ばせて一方向の同じ風景を見せる。このとき大人たちは何が目的かは告げない。少し経ってから回れ右をさせ、今まで見ていた風景の中に何が在ったかを言わせる。この時一番たくさん言えた者が伝承の語り部候補となる。その後何度か試験があり、最終的に伝承の担い手に選ばれた者は、その後全生涯をかけて民族の歴史を覚えてゆくという。

歩く民―背景一つの定住地で長い間暮らす人々にはそれほど伝えるべき特別な事柄は起きないかもしれない。しかし『歩く民』である彼らには、常に様々な事件が起きた。彼らは何かを経験する度にそれに学び、学んだものを伝承として後続に伝えていった。歴史が長くなれば伝えるべき事柄が多くなり、やがて一人の人間が一生かかっても憶え切れない量になったという。また彼らにとって伝承は自分たちがどこから来たのか、自分たちが何者なのかを証しする彼らのアイデンテイテイーなので、語り部がそれに脚色したり嘘を注入することはあり得ないという。

ここで伝承になんとなく信頼を持てない人のために、一つのエピソードをお聞かせしよう。1979年、アメリカのスリーマイル島で原発事故が発生した。これは7年後のチェルノブイリの時のような大惨事には至らなかったが、これを機に、アメリカで実際に大惨事が起こったらその後どう対処したらいいか、という議論が持ち上がった。被害はその時だけに止まらない。放射能は長期間にわたって残留し拡散して人体に害を与える。しかも放射能は目に見えないため防ぐのは大変難しい。チェルノブイリの事故の時は自国民だけでなく周辺の国の人々にも多大な被害を与えた。事故後チェルノブイリ原発はコンクリートで覆われたが、その防壁も僅か30年しかもたないと言われている。

放射能の寿命は半減期というもので表わされる。例えばヨウ素131は半減期が8日なので、8日経つと放射能は半分になり、もう8日経つとさらに半分になる。すなわち8日で2分の1、16日で4分の1、24日で8分の1になる。しかしセシウム137は半減期が30年、プルトニウム239の半減期は2万4000年となっている。天然の放射性物質には半減期が何十億年というものもあるが、原子力発電所で使われる人工の放射性物質は主にこの三つだ。この中でも厄介なのはセシウム137とプルトニウム239だ。プルトニウム239は発電の結果現れて心棒に吸収されるもので、これが人体に害を及ぼさない程度まで放射能が減るには、途方もない時間がかかってしまう。ではどんな解決方法があるだろうか。

チェルノブイリの原発事故の後、アメリカで様々な分野の権威たちが集まって、もしこうした大惨事が起こったらどうに対処したらいいかについて話し合ったという。まずはっきりしたことは、事故現場を何万年に渡って物理的に封鎖するのは不可能だということだった。何故ならコンクリートで囲おうが鉄で囲おうが百年程度しか持たず、千年後や、さらに一万年後の人類を遠ざけておくことは出来ないだろうからだった。またこの場合、個人的な侵入だけでなく、テロや戦争も想定しなければならず、大地震も一度に限らず起こると想定しなければならない。となると物理的に封鎖しておくのは不可能だということになった。

では言葉の形で残すのはどうか、と当然考えるだろう。すなわち何かに警告を書いておいたり、その地域に入ったら音声としての警告を発するなどだ。しかしこれは二重の意味で効力は望めない。何故なら言葉を書きつけても、書かれた物がやがて朽ちてしまうということと、もう一つは言葉は三百年も経てば変化し読めなくなるということだ。我々は学校で古文を習わなければ「源氏物語」を原文では読めないだろう。シェークスピアもデイケンズも、今の一般のイギリス人には読めないそうだ。したがってこの方法も駄目だということになった。

この他にも様々な議論があったというが、考えられるあらゆる方法がどれも無効だということが分かった。そして最後に残ったのが、何と伝承だという。これは物理的に残すわけではないので朽ちることはない。また親から子へと伝えられるので、子孫が絶えない限り伝わっていく。たとえ言葉は変わっても、内容は確実に伝わるという。
以上のように考えてくれば、現在伝わっている奇想天外な伝承も、その元となる事件は必ずあり、また事実であった可能性が高い。このことを踏まえて『歩く民』の伝承を見ていくことにしよう。


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