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歩く民―「中つ火」を焚く

一族が永く住もうと決めた地には「中つ火」を焚く。そこに人々は集まり、皆で語り合い、寒い日はその周りで寝る。この中つ火は一族の生活の中心を象徴するもので、伝承の文脈からして、長く留まることを決めた日から立ち去る日まで、消されることなく焚かれるもののように思われる。その「中つ火」を彼らはこの大いなる海の近くで焚こうと思った。だがそこにはすでに二つ足が暮らしていた。

この二つ足はユーラシア大陸を渡る途中で出会い、記憶にとどめたどの人種とも異なっていた。この者たちは背が低く、肌の色が濃く、髪は縮れ毛だった。また身体には一族が残しているより沢山の毛が生えていた。そのため一族は彼らが大海へ出てきて間もないのだと推測した。何故なら何代も何代も海辺で暮らす民なら、そんな毛の覆いは不都合であり、薄くなっているはずだったから。

一族は遠くから彼らを観察し、接触の機会を窺った。しかし彼らが受け入れると思われる好機はやって来なかった。そこでやむを得ず三人の男を選んで浜に下ろすことにした。しかし三人を見るなり村は大騒ぎとなった。彼らは恐怖から棍棒を振り回し、三人を威嚇した。

そこで一族はもう一度じっくり観察することにした。その結果、彼らは近づくとパニックを起こすが、遠くにいれば全く気にかけないことが分かった。その理由を考えあぐねるうち、彼らのすぐ側まで近づいた者の観察によって、彼らは自分の鼻先ばかり見つめる斜視の傾向があるらしいことが分かった。すなわち接近すると極端な不安を示すのは、彼らの目の見え方に原因があるらしかった。様々な距離をとって実験した結果、一定の距離を超えてさえいれば、彼らにはいないも同然だということが分かった。

(現代の地球上にも斜視を美人の要素の一つとする少数民族がいる。女児の前髪から目と目の間に物をぶら下げ、女児が常時それを見ることによって斜視になる方法がとられる。この民族の男性にとってはそれが美しく、または可愛いく感じるものなのだろう。しかし今出てきた一族が出会った民族は、そうした美的感覚に基づいて人為的に斜視にしているとは思えない。何故なら彼らは男も女も全員が斜視だからであり、またこれは外敵に対する備えとしてはすこぶる不用心だと思われるからだ。したがって彼ら全員に斜視の傾向があった理由は分からないが、もし彼らが歴史の中で滅んでいった多くの種族の一つだとすれば、その原因が斜視にあったのではないかと思われる。)

彼らは「中つ火」を焚くこともなく、めったに火を使うこともなかった。生きる糧の大半を海産物で賄う彼らには、火はそれほど重要な意味を持たなかったのかも知れない。

もっと驚くべきことがあった。歩く民の中の男女の数はだいたい釣り合っていて、女の方がいくらか多かったが、彼らの中の男女の割合は、男が三人に対して女は二人だった。これは遠目の利かない彼らのうち、特に女が一人で山側に食べる物を採取に行った時など、他の種族に連れ去られるためかも知れなかった。

しかし理由はどうであれ、そこで一つの案が浮かんだ。女が少ないのなら一族の中から三人の女を選んで浜に下ろしてみようということになったのだ。これには綿密な計画が立てられた。色々と合図を決め、まずくなったら逃げ帰って来る方策も取り決めた。こうして女たちが相手の出方を見ながら下りていくと、さほど問題なく受け入れられた。

彼女たちは時々面食らう場面に遭遇した。彼らの誰かが一声叫ぶと、それだけで全員に意志が伝わり、皆が整然と動き出すのを見たのだ。どんな取り決めが前もってしてあったのか理解に苦しんだ。しかしやがて取り決めのようなものは存在しないことが分かった。例えば彼らは決して泳ぎが上手かったわけではないが、水の中で大きな生き物を捕まえようとする時、誰かが大声を出すと、それだけで一斉に共通の目的のために動き出したからだ。

そうこうするうちに何日も過ぎ、ある時彼女たちは遠くから観察している一族の者に逃げ出す合図を送ってきた。その日から三日後、彼らの集団で何やら大騒ぎが起き、彼女たちは追い払われるような形で逃げ出してきた。実は彼女たちは、三人のうち二人がお腹に子供を授かったら、彼らの嫌がることをして逃げ出して来ようと打ち合わせていたのだ。それで本人たちには授かりものが分かるが、外から見ては分からない時期に、故意に騒動を起こすことにしていたのだ。

歩く民―「中つ火」を焚く帰って来た三人の話によれば、男女の平等性が培われていた一族とは大きく異なり、彼らの中の女たちは何でも男たちのいいなりになるのが慣習になっているとのことだった。また彼女たち三人以外の全員が、あらかじめ決められていたかのように、それぞれが同時に一つの目的のために行動を起こすことがしばしばあったという。さらに彼らは心の中に生み出した考えを初めから共有していて、それが一致した行動に繋がるのを見てきたという。誰かが他の者たちと思いを共有したい時は、単に注意を惹きさえすれば、あとは言葉を発しなくとも用が足りるということなのだという。

実は彼女たちは三人とも妊娠しているのが後で明らかになった。彼女たちが授かった子は、やがて一族の血と混ざり、それ以来今日まで、しばしば内側を向く魂の目を持った者が一族の中に生まれたという。

(さてここには極めて重要なことが述べられている。読者はこの新しく出会った人々を何者だと思うだろうか。著者のアンダーウッドは、彼らをネアンデルタール人だと解釈している。

ほんの最近まで、主流の学者たちは旧人のネアンダール人が滅んでから新人のクロマニョン人が現れたと言っていた。とはいってもネアンデルタール人がクロマニョンの祖先なのか、それとも両者は別々の系統の知的生物なのかは分かっていなかった。ところが最近になって両者が同じ時期に共に生存していたことが分かってきたのだ。すなわちネアンデルタール人が滅ぶ前にクロマニョン人が現れたため、一定の期間両者の生存は重なっていたことが明らかになった。しかし彼らに交流があったのか、さらには混血できたのか、その辺のことは依然として分かっていない。

しかしここに登場した人々がもしネアンデルタール人だとたら、接触があっただけでなく混血さえしていたことになる。一族が彼らと接触し子供まで授かったのはまれなケースと思われるかもしれないが、そうではないだろう。この集団に女が少なかったのは明らかに他の民族に連れ去られたためだと考えるべきだろう。さらに彼らと同じ種類の人々が他にも集団を作って住んでいたとすれば、そこでも同じようなことが起こったと考えられる。だとすれば彼らの血は新人の子孫である我々に受け継がれた可能性が大いにある。しかも『それ以来今日まで、しばしば内側を向く魂の目を持った者が生まれた』と表現されているのをみると、現生人類すなわち我々のテレパシーや超常能力は、彼らから受け継いだものである可能性もある。)

一族は彼らの傍から離れ、他の沿岸地帯を探した。そして適当な場所を見つけて住み着き「中つ火」を焚いた。そこは広い砂地で、一方は海、もう一方は高い断崖になっていた。智恵を引き継ぐ長族(おさぞく)はその砂地に住み、畑を作って糧を得るものたちは崖の上の丘陵地に住んだ。その場所で彼らは多くの冬を越えて暮らした。そしてある時地震が起こり、断崖から石の雨が降り、海からは水の壁が押し寄せてきて、智恵と伝承を引き継いだ長族のことごとくが連れ去られる悲劇に見舞われた。

ここでようやく話は元に戻った。一族は朝鮮半島の根元で長い間平和に暮らしたが、ある時上記のような未曽有の災害に見舞われたため、その地を離れることにしたのだ。


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