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歩く民―再び旧人との出会い

草の海を越えて山並みに達した一族は、森と草原の境目にしばらく留まることに決め、持ってきた種を大地に手向けた。その頃に彼らは古(いにしえ)の一族がときおり伝え聞いた話を思い出した。それはこの大いなる島に、ベーリング海の島々が水に沈み、そして再び現れるよりももっと前に、そこを越えて渡って来た人々のことだった。彼らは『後を追う民』とも呼ばれ、大いなる群れの恵みを追って大いなる島へ行ったと言われていた。彼らの身体は小さかったが、牙を持つ生き物の中でも一番大きなものたちを崖の下に追いつめる技と勇気に長けていたという。

(彼らは完全な陸橋となっていたベーリング海峡をマンモスを追ってアラスカに至り、そこから南下したと言われている。最近の学術研究ではアラスカおよびそこから延びる太平洋側西海岸沿いは、海流の関係か氷河に覆われていなかったことが分かってきている。海岸伝いに南下すれば、そこで食料も調達できたらしい。その根拠の一つは木の花粉がその時期の地層から発見されたこと、もう一つは熊の骨の化石が見つかったことだ。熊は雑食で古代人の食性とよく似ている。熊が生きていたということは人間も生きていける環境だったことを示唆している。)

一族はこの『はじめの民』が草の海を出て、木々の間に消えたという噂を時々聞いていた。それで種を手向けるための開けた場所を物色しながら、この民とどこかで出会わないものかと思っていた。確かに彼らの姿は見ることは出来なかったものの、時には焚火の跡を見つけることが出来た。そしてある日、思いもよらない形で決定的な場面に出会うことになった。

一族の何人かが密集した木々の間を縫って歩いていると、一つの集団が互いに折り重なるように倒れているのに出会ったのだ。彼らは何かの痛みに身体を折り曲げたかのようで、もはや誰も息をしていなかった。しかし中にはまだ体温のある者もいたので、この大きな災いは起こったばかりなのが分かった。彼らは小柄だったので『はじめの民』だったのだろう。全員がこと切れていたので介抱のしようもなかったが、その時赤子の泣き声が聞こえた。唯一人き残っていた乳飲み子がいたのだ。

この赤ん坊を連れ帰って母親になりたての女に預け、育ててもらうことにした。しかしこの子はどうしても一族に馴染まなかった。一族のやり方を一切憶えず、また一族のように喋るようにもならなかった。一族のものたちはそれが彼一人の特徴なのか、それとも彼の種族皆の特徴だったのか判断しかねた。一族の中には一時的に彼とはっきり心を通わすことのできる者もいたが、それを続けることは出来なかった。

彼は成長するにつれ、まるで誰かに鑢(やすり)でこすられでもしたかのように苛立つようになった。そして一族の者が彼と普通に意思疎通を行なうのを諦めた頃、とうとう彼は姿を消してしまった。普段彼が持っていたものがなくなっていて、探しても彼の姿は見つからなかった。

一族は彼の顔を思い出した。それは悲しんでいるというより怒っているような顔だったが、かといって何かの失敗に挫けたものでもなかった。それは一族のやり方は呑み込まなかったにせよ、彼なりの呑み込み方を身につけて、憶えるべきことは憶えていたということのようだった。

歩く民―再び旧人との出会い(この口承は、かつてユーラシア大陸を東へ進み、日本海(または太平洋)に辿りついた時に出会ったネアンデルタール人と思われる人々に似ている。彼らには言葉によらずに意思疎通しているふしがあった。もしこの子もそうした能力を備えていて、そのため言葉の習得が進まなかったのだとしたら、一つの証明になるだろう。我々現代人は一方で言葉を操れないものを下等と見做し、他方で言葉によらないテレパシー的な能力に憧れたりする矛盾を抱えている。この口伝は何が高等で何が下等なのか、何が進化した姿で何が野蛮な姿なのかについて再考を促すものだろう。

もしテレパシー的な能力が言語を操る段階を経た先で得られるものではなく、言葉が生まれる以前に自然に備わっていたものだとしたら、言葉の使用そのものがテレパシー的能力を退化させたと言えるのかもしれない。学校で教える進化論を支えているのは、現在の人類こそが進化の頂点にいるという、根拠のない、しかも傲慢な基準だ。これからすれば言葉を操らない他のすべての生き物は人間より下等だということになり、また二足歩行を進化の頂点と考えているので、二つ足で歩かない他のすべての生き物は人間より下等だということになる。

この手前勝手なヒエラルキー(ピラミッド型階級構造)的世界観に対して、この歩く民はどこまでも水平に世界を見ている。彼らは『四つ足の兄弟』と言ったり『根のある兄弟たち』と言ったり、人間も他の動物も植物も、岩や水や大地など現代人が無生物と呼ぶようになったものまで、どこまでも自分たちと同等の視線上で捉えている。

歩く民のこうしたものの見方・捉え方は、我々の自然や他の生きものに対する認識に警鐘を鳴らすものだろう。現代の民族紛争などは他の生き物との間ではなく、同じ人間同士の間で起こっている差別化であり、こうしたことは宗教や科学によって生み出されたヒエラルキー的考えが根底にあるせいだと思われる。紛争や戦争は基本的なものの見方がいかに恐ろしい結果を招くかを如実に示す例だろう。我々は今こそ歩く民の水平的なものの見方に学ぶべきではないだろうか。)


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