現在表示しているページ
ホーム >アメリカ先住民に関する問題 >歩く民―東の大海

歩く民―東の大海

一族はこの後何世代も歩き続けて、ついに東の大海に辿りついた。彼らの感激は一入(ひとしお)だった。思えばアフリカ(またはアラビア半島)から北上して地中海に至り、ユーラシア大陸を横断して太平洋に出た。そこからさらに北上してベーリング海峡を渡り、南下しながらロッキー山脈を越えて再び太平洋を見た。そこから東と南へ向かいながら東の果てにあるはずの大海を目指した。そして今その大海、大西洋に辿りついたのだ。

この間およそ十万年、地球の大陸を西から東へ、ほぼ端から端までを歩き切ったことになる。もし彼らがさらにこの大いなる海を渡っていたとすれば、再び地中海のあるユーラシア大陸のヨーロッパ側に達していたことになる。しかしこの一族は何故かさらに大海を渡ろうとはしなかった。彼らはこの東の果てに永住の地を求めたのだった。

(一族のこの時代の人々は、無意識の内に自分たちが数えきれない世代を重ねて、地球をちょうど一回りしたことを感じ取っていたのかもしれない。最後に残された大西洋は、歩く民(Walking People)としてはもはや挑戦の対象ではなかったのだろう。)

さて一族がこの東の果ての海辺に永住の地を見つけたかというとそうではなかった。彼らが到着した海岸線には北に再び石の文化を持つ民が住み、南に一族と同じように木の文化を持つ民が住んでいた。その間に一族が入り込もうとしたので、その両方から嫌がられたのは言うまでもない。しかし一族は数万年に亘って蓄えてきた智恵で粘り強く説得し、北の民を移住させることに成功した。だが畑を作ることをしない南の民は人の数が増えるにしたがって、一族に他の地に移住してほしいと言い出すようになった。最終的に一族はもう少し西の北にある大きな湖のほとりへ移住することにした。この間、すなわち大西洋岸で過ごしたのは7世代に亘っていた。(これは孫の孫の孫、といった言い方で表わされるため解釈に諸説あり、12世代という説もある)

一族は誰にも邪魔されない、美しい湖の南岸に居住の地を見つけて住み着いた。しかしある時別の人々がやってきて、ここは自分たちの足(人口)が増えた時のためにとっておいた土地だと言い、出て行くよう脅迫してきた。彼らは四つ足のためではなく、二つ足のための武器を持っていて、一族はこの時初めて人に危害を加える人々に出会った。しかし一族は再び知恵を働かせ、一旦は別の場所へ退くが、忍耐強く長い年月をかけて、ついにその地を取り戻し、永住の地とした。その後一族は止むを得ぬ事情から初めて戦も経験することになるが、やがて五大湖の周りに住むいくつもの人種の種族連合にも参加するようになり、その後全体の平和のために尽くす大きな役割を果たしたりもした。

(現在アメリカ合衆国の中でイロコイ連邦は一種の国家として認められ、パスポートさえ発行している。当時のイロコイ族は『美しい湖』の南岸に三つの村に分かれて暮らしたが、現在のイロコイ連邦は6つの部族国家から成っている。初め一つだった村が三つの村に分かれたところまでは伝承にあるが、それが現在のイロコイ連邦とどのような関係にあるのか、詳しいことは分かっていない。いずれにしても、十万年の歳月を越えて、一族が現在まで血を絶やさずに生き延びてきたことだけは間違いない。)


« 歩く民―サーペント・マウンド| ニグロイド絶滅について »