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『我々はどこから来たのか、我々は何者なのか、我々はどこへ行くのか』

ほんの30年前までは宗教に洗脳された人以外、この問いにはっきりと答えられる人はいなかった。今と同じく当時も、こうしたことを真面目に問うたりすると胡散臭い目で見られるか、頭がおかしいんじゃないかと思われたりするのが落ちだった。しかし昨今こうしたことを真面目に考える大人たちが僅かだが現れ始め、それに対する様々な答を提示した本も出版され、まだ多数派にはなってはいないが、かなりの人たちがそれらを買い求めて読んでいる。

ただ読者の多くは色々な答に戸惑い、何が正しくて何が正しくないのかが解らず、時には霊能者・超能力者と自称する人たちに振り回され、時間とお金を費やすことも稀ではない状況にある。今は人間や宇宙について根本から問い直す人と、依然として既成の価値観に追従し、自分の利益のために生きる人とに分かれてゆく時期にあるようだ。もう少し時間が経つと真実を求める人たちも整理され、奇跡的なことを行なう人(超能力者)および霊界人や異星人からメッセージを受け取る人(霊能力者)などに追従する者と、自ら答えを求めて迷いながらも他人のために行動を起こす者とに分かれて行くだろう。

さて『我々は何者なのか』という問いに答えるには、まず我々がどこから来たかを明らかにしなければならない。これは現在おおよそのことが明らかにされつつある。ゼカリア・シッチンがシュメールの粘土板を読み解いた内容、マオリッツオ・カヴァーロがクラリオン星人から聞いた話、ビリー・マイヤーがプレアデス=プレヤール人から聞いた話、日本の記紀神話に記された内容、これらに共通しているのは人類は神と呼ばれる異星人によって造り出されたということだ。しかもこの場合、崇高な生き物としての人間ではなく、神々=異星人の奴隷として創造された可能性が高い。

『我々はどこから来たのか、我々は何者なのか、我々はどこへ行くのか』犬は穴は掘ることは出来るが人間を造ったりは出来ない。人間も機械や人形は作れるだろうが、神(即ち人間を越えたもの)は造れない。したがって神々=異星人も自分たちよりも優れたものは造れなかったということだ。すなわち我々に様々な欠点や欠陥があるのは、彼らが完全でないために完全なものを造れなかったとうことだ。したがって我々の欠点や欠陥の責任は神々=異星人にあるとも言える。とはいえ神々=異星人は、人類を奴隷として造ったのだから、欠陥があろうが悩もうが不幸だろうが全く気に留めなかったに違いない。ただ中には欠陥品を造ったことを十分認識して責任を感じている神々=異星人もいたらしい。彼らは長い間人類を見守り続け、滅びそうになったら有望な者だけを選び出して助け、何度も新しく歴史をやり直させてきたらしい。けれどもそのつど人間は堕落して、他の人間を支配する権威や、無知な人をコントロールする常識や、嘘八百の学問などを作って愚行を繰り返してきたらしい。

一方『神は完全なものとして人を造った』といった内容の話は、聖書をはじめ色々な民族の神話に現れるが、これらが真実を隠すために元々の話を改竄したものであるのは、現実の我々が不完全である事実を見れば明らかだ。こうした『完全』の考えを主張する人たち(キリスト教徒はその代表だが)は、神は人間を完全なものとして造ったのだが、人間が自分の意志で堕落したので責任は人間にある、といった詭弁を弄することがある。キリスト教徒が平気でこのようなことを言うのは、闇の支配者(即ち神々=異星人)に見事に洗脳されてしまっていることを示している。こうした論理的枠組は先程言った権威や常識や学問と同じく、真実を自分で見抜けない大多数の無知な人々が、真実を主張する少数の人々を侮辱するために礼賛しているものなのだ。

このようなことを私があえて口にするのは、今まさにこの世界がまやかしに塗り固められたまま崩壊しようとしているからだ。権威と常識と学問に洗脳されて自分みずからは何一つ判断できない人々は、これらと違うことを言う人たちを恐怖をもって否定しようとする。何故なら恐怖におびえたこれら大多数の人々は、権威と常識と学問を失ったら縋るところがなくなるからだ。彼らは小羊のように皆と同じく振る舞い、そこにまやかしの安心感を見出して自分を閉じ込めている。彼らは自分たちとは違う言動をとる者は、『せっかくの自己逃避』を阻害する族(やから)なので許しておくわけにはいかないのだ。

この小羊たちは自分たち自身が住みづらい世界を作っていることを知らない。それどころか完全に洗脳されて、まやかしの世界しか信じることができなくなっているので、たとえ住みづらい世界でも権威と常識と学問を信頼していれば今よりは悪くはならないはずだと思っている。しかし世の中はますます悪く住みづらくなっているのは火を見るより明らかだ。小羊たちはこのことを薄々感じながらも認めようとしていない。彼らは決して幸せとは言えない自分の現状を守るために、この今ある世界を肯定している。しかも闇の支配者に植えつけられた枠組みを唯一の拠り所として信奉しているので、それを覆すような意見や主張に対しては耳を傾けようとせず、頑固に根拠のない常識信仰を押し通している。

小羊たちは何をどうすれば住みよい世界を作れるのか解らないので、とりあえずテレビに出てくる学者や専門家といった「権威」の言う通りにしようとする。すなわちそれは現状維持だ。この小羊たちは今でさえ生きて行くのが大変だと感じているので、世の中を変えるためにさらに自分の信じる論理的枠組みを変えて自らを不安に晒そうとは思わない。彼らはいつも学者の言うことを崇拝し、有名人の言うことを信じ、学校の教えを真実と思い、テレビで見聞きしたことを自分の判断基準にするだけで、決してそれを越えて物事を見ようとはしない。

さてこうした小羊が世の中で多数を占めているのは、そもそも神々=異星人が人類を完全な形で造れなかったのと、その後に闇の支配者(龍族の一派)が人類の洗脳を続けてきたからに他ならない。我々が奴隷として、不完全な生き物として造られたのだから、常に不安や自信喪失や自己嫌悪に苛まされ、目先のことしか見れないのも当然と言える。アセンションだの高次元霊などと訳も分からず憧れるのは、元々不良品として造られたせいでそうした幻想を必要とするようになったのだ。もし神々=異星人と同じレベルで造られていたとしたら、我々はこの狂気に満ちた世界を見なくて済んだだろう。何故ならもしそうなら、世界はもっと真っ当なものになっていたはずだからだ。

さてこのように我々がどこから来たのかが分かってくれば、自ずから我々は何者かが見えてくる。神々=異星人は初め奴隷を必要としたので、それに見合った被造物を造ろうとした。したがって神々=異星人は人間を不完全にしか造れなかったのではなく、見方によっては人間を不完全に造らなければならなかったのかもしれない。よって我々人類は不完全であることを宿命としているとも言える。そのため我々は真実を見抜くのが至難であり、精神的にも自立しておらず、常識や誰かが言ったことを基準にしなければ判断ができず、口先で愛や癒しを語りながら実際は自分のためにしか行動できない性癖を持っている。このような不良品の個々人が集まって社会全体を構成しているので、この世は地獄のような様相を呈することになった。

では我々はどこへ行くのだろう。まずはっきりしているのはこの世はもうもたないということだ。資本主義経済社会は世界中の人間を欲の化け物に変えてしまったが、変えられた人間はそのことを恥じることさえなくなっている。

世界経済で動いているお金は、その大半が闇の世界で機能している。我々が知っている表の世界で動いているお金は2割程度に過ぎないと言われている。では8割がたの巨額の金はどのように動いているのだろう。それは各国の政府首脳、世界中のマスコミ、世界の原油価格、世界中の戦争・紛争、武器取引、医薬品開発、疫病の蔓延などを操るために動いている。これに較べれば一般大衆が食糧や衣服や車を買うために使っているお金など微々たるものだ。しかしその微々たるお金を稼ぐために、一般大衆は一生奴隷のように働かねばならないように仕組まれている。

もう一度言うが、地球上の人類は一握りの闇の支配者が持つ巨額の金に支配されている。一般大衆は日々の労働にエネルギーを奪われ、テレビ番組やニュースに洗脳されて、自分が不合理なとんでもない不幸の中にいるという目の前の事実にさえ気付かずに生きている。いや、もはや生きているとは言えないのかもしれない。みな幻想を植えつけられ、造られた幻想の中で右往左往しているだけかもしれない。テレビドラマ、映画、芸能界、毎日報道されるニュース、学校の授業、愛と言う名のエゴイズム、生まれた時から刷り込まれた宗教や慣習、誰一人その正当性を証明できない常識など。これら数々の幻想が何重にも我々を覆って操っている。

ここで人類を操っている具体的な組織・機関の一端を挙げてみよう。連邦準備制度(FRB)、G7またはG8、世界保健機構(WHO)、国連(UN)、赤十字、アメリカ外交問題評議会(CFR)。これらは世界中の一般の人々が、人類のために何らかの良い活動をしている組織または団体だと思ってきたものだ。しかしこれらはちょっと視点を変えて見れば、とんでもない食わせ物であることが明らかになる。その正体を素直な感性で見つめてみよう。


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