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概観と結論.2

さて我々は学校で、歴史や政治や科学や社会制度について誤った考え又は嘘を植えつけられ、テレビでは毎日まやかしの情報によって洗脳の嵐に晒され、仕事では目先の成績や効率を求められ、ゆっくり自分を見つめる時間もないまま、またじっくり世の中について考える余裕もないまま、さらにはどうものごとを考え、どう分析したらいいかの手ほどきも受けたことのないまま、馬車馬のごとく奴隷のごとく働いて一生を終えるように強いられている。果たしてこれがあるべき人間の姿だろうか。これではせっかくこの世に生を受けた意味が無い。それどころかますます業(ごう=カルマ)を増やす結果になってしまうだろう。

我々はこの時代を選んで、すなわち激変の時代を自ら選んで生れて来たわけだから、ある意味一気に魂が向上するか、一気に下落するかのリスクのある賭けに出たと言えるかも知れない。したがってカルマを作ってしまうことがあっても、そういう意味ではやむを得ないと言えるだろう。しかし大方の人間が魂を曇らせる結果になるようでは、やはりまともな、あるべき世の中とは言えない。

概観と結論.2我々が修行のために、善もあり悪もある世の中を選んで生まれて来たのなら、奴隷のように言うことをきくだけの、または小羊のように牧場で飼われているだけの人生では、魂の進化には何ら役立たず、本来の目的から外れた不本意な生涯を送ることになってしまうだろう。このことに気付いたら人形のように生きるのは止めて、この幻想の世界に目覚めなければならない。そのためには先程も言ったように、まずは現在のシステムや権威や価値基準を疑ってみる必要がある。そして今の生活の中で何か変だと思うことがあったら、その背後にある原因を探ってみなければならない。

またそれに止まらず、善悪といういい加減な基準によって争ったり憎み合ったりするように仕組まれている、二元論の枠組みを打ち破る必要もある。それには現在悪と呼ばれているものを、この世の重要な役割として捉え直さなければならない。ひふみ神示に『悪を抱きまいらせる』とあるように、悪を引き入れることによって、すなわち悪を味方に取り込むことによって、初めて世の中に平安がもたらされる。そうすることが我々に課せられた修行であり、悪と戦ってばかりでは永久に平和など実現しない。

ここで先程言った『型する』という言葉について考えてみよう。ひふみ神示には何度も『型せよ』という言葉が出てくる。これは初めのうちは何のことか分からないが、繰り返し読むうちに、これから来るだろう本来あるべき世界の『雛型』を作れと言っているように思われてくる。

物事はまずイメージすることから始まる。鋏(はさみ)を発明した人は、布や紙を切る機能を持つものを色々想像し、これならいけそうだというものを頭の中に思い描いたに違いない。すなわち『型した』に違いない。それから実際に作ってみたのだろう。しかし一回で思い通りのものは出来上がらなかったろうから、何度か試行錯誤を繰り返し、次第に理想の形に近づけていったのだろう。

同じように我々が世の中を変えようとするには、まず新しい世界がどのようなものであるべきかをイメージしなければならない。ニューエイジの人々のように『いずれこの世は次元上昇するのだから大人しく待っていよう。私は何も悪いことをしていないのだから救われるはずだ。』と能天気に構えていては何も始まらない。愛と思いやりに満ちた世界を望んでいても、今自分がそれを実践していないのに、新しい世界が来ていきなり実践できるはずがない。より良い世界を望むなら、今から自分で行動を起こしていなければならない。すなわち『型』していなければならないだろう。

この波動の低い次元にいる我々は思ったことをその通り実現できない。必ず失敗や挫折がつきまとう。これは別に自分にツキがないからではなく、魂の進化に必要な試練を受けているのだ。それというのも失敗や挫折の経験によって多くを学び、心を鍛えることができるからだ。それが我々がこの世にやって来た大きなテーマの一つだろう。しかし失敗や挫折を恐れ、思いもせず実行にも移さなければ、自分を高めることができないだけでなく、世の中を変えることも到底できはしない。そうなれば自分がこの世に生れて来た意味もなくなるだろう。

自分を高めるためには失敗や挫折を恐れずに型することが必要だと思う。その道筋の先に光明があるだろう。やがて真っ当な世界が来れば、その雛型が本物になるだろう。何故なら波動が高まった世界では、想念エネルギーが物質エネルギーを上回るからだ。そうすればもはや失敗も挫折も無縁のものとなる。けれどもそうした行動もせず思いもしなかった者は、波動が高まったからといって新しい世界に入って行けはしないだろう。何故なら本人は何もしようとしなかったわけで、それは旧来の世界を引きずってきているわけだから。旧来の世界を引きずり、旧来の波動の中で生きている人が、新しい波動の世界に受け入れられないのは当然だろう。したがって我々が新しい世界に入り、その想念を実現できるようになるためには、今から『型』を実行していなければならないことになる。ひふみ神示が言おうとしているのはこのことだろう。

今のこの世界がそのまま続く見込みはまずない。それは人口爆発や環境汚染やエネルギー問題、政治の無能さや文化の退廃を見るだけでも十分その理由に思えるが、それだけでなく、もっと重たい理由は、人の心が病んでいるからだ。現在の世の中を見れば多くの人の心が引き裂かれているのが分かる。私たちはどこかで貪欲は良くないことだと思いながら金や社会的地位や名声や支配などを追い求めてしまう傾向がある。また一方そうでない人は、ただ自分を守ることに必死になる傾向がある。我々は何でも較べるように強いられてきたため、何事に関しても他と較べているうちに、誰も愛せなくなってしまったようだ。他人に優しくしようと思っている人も、まず自分が優しくされなければ相手に優しくできなくなっているようだ。結局、自分自分、我我我ばかりとなっている。こんな自己中心的な人ばかりが集まったこの世界が、いつまでも続くはずはない。

しかしまだ少ないとはいえ、「我(が)」を減らし、「我よし」の考えを克服した人たちが、もし幻想に塗り固められたこの世界の嘘に気付いたならば、今の世の中の価値基準や権威やシステムを根底から覆すために、やがて来る新しい時代に備えて率先して『型』を行なうことはできると思う。


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