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平等の歴史的背景

フランス革命は1789年のバスチーユ襲撃から始まった。その時に掲げられた標語が『自由・平等・友愛』だった。この言葉がどの時点で誰によって考え出されたか詳しいことは解っていない。しかしこの三つが初めから一組の言葉として謳われたわけではなく、自由、平等の順に用いられ、最後に友愛が付け加えられたらしいことは分かっている。この友愛についてはフリーメイソンを起源としているという説がある。

バスチーユ襲撃の後、1801年まで何度もクーデターが勃発する混乱期が12年間続いた。その後にナポレオンが現れたがまだ混乱は治まらず、結局第三共和制の成立まで混乱は80年間続いた。そしてようやく安定期に入った1880年に『自由・平等・友愛』が国の標語として公式に採用され、さらにこれが『1946年憲法』においフランス共和国の恒久的な象徴として掲げられるようになった。

ではこうした時期を乗り越えたフランス国民は本当に平等を手にしたのだろうか。自由に関しては国王の圧政が無くなったという意味で、ある程度実現したと人々は思っているかもしれない。しかし平等に関してはどうだろう。実は平等がどのように実現したかについては誰も言及していない。何故か。これは平等の意味について誰も正確に把握していないからだ。(友愛については心の問題なので政治的次元で云々するのは差し控え、次の項で詳しく述べることにする)

もう少し掘り下げてみよう。
この400年間に徐々に撤廃されてきたものに奴隷制度、身分制度、男女差別がある。奴隷制度は欧米人が奴隷を解放したから終わったのではない。そんな美しい話ではない。西洋では黒人の反乱が続いて手に負えなくなってやむなく解放した。アメリカでは奴隷を買うよりヒスパニックを労働者として雇った方が安価になったという経済的背景があり、また南北戦争当時、黒人奴隷は南部に95%がいてプランテーションで働かされていたが、北では工業が盛んでそれほど奴隷の需要がなかったため、リンカーンが南北戦争の際に大義名分として、奴隷解放を政治宣伝(プロパガンダ)として利用したのだ。

北の工業力(経済力)によって北軍が勝利して法的には奴隷は解放されたが、その後も州によって様々な差別法が残り、キング牧師などの解放運動の指導者が現れても徐々にしか差別は減って行かず、今もなお多くの差別が残っている。
 
では階級についてはどうだろう。
ヨーロッパにおける身分制度は法的には無くなったものの、今もその名残はヨーロッパ全域に残っている。よく言われるのは、体つきを見れば貴族の血統か労働者の血統かが分かるという話だ。これは公に言われることはないが西洋人にとっては常識らしい。特にイギリスでは、言葉遣い、着るもの、日常の作法、余暇の過ごし方、教育程度など、生活のあらゆる局面に階級による違いが色濃く残っている。しかし不思議なことにイギリスではほとんどの人がその区分けされた階級で満足している傾向があり、そのため大きな社会的問題にはなっていない。

日本では士農工商穢多非人(し・のう・こう・しょう・えた・ひにん)の身分制度が明治に廃止された。これは平等への大きな一歩だったはずだが、北海道を除いて部落や山窩(さんか)の問題が未だに残っている。確かに北海道では部落の問題はないが、アイヌに対する偏見や差別が今も根強く残っている。また全国的に在日朝鮮人に対する差別も厳然と残っている。

インドではカースト制度が1950年に法によって廃止されたが、紀元前13世紀から3000年以上続いてきたため、実質的な階級が今も残っている。日本の教科書では大まかにバラモン、クシャトリア、ヴァイシャ、スードラの四つに分けているが、インドではヴァルナやジャーテイという概念があり、その中に細かい階級が数多く存在する。結婚はこの階級を超えたり、宗教宗派を超えたりて行われることはほとんどない。インドを長期間旅した友人の話では、いくつもある下層階級の中でも最下層の人たちは服を買うお金もなく、もちろん裸足だそうだが、彼らは信じられないほど親切で、行く先々で彼らに大変親切にしてもらったという。アジアを旅していて見知らぬ人に親切にされた場合、ほぼ間違いなくお金を要求されることを知っていた彼は、彼らが何も要求しないので、逆にそれに感激し、自分の来ているT-シャツや靴などを脱いで渡してきたという。

農民について言うと、世界中に土地を持たない農民すなわち農奴が長い間存在したし、今も農奴と変わらない境遇の農民が存在する。彼らが社会を底辺で支えてきたわけだが、支配者や特権階級は彼らに対する差別や侮蔑を止めなかった。特権階級には貴族や豪族のほかに僧侶がいた。宗教宗派を問わず僧侶は民衆の前では無欲・清貧・知恵などを見せびらかし、その一方で時の権力者には尻尾を振って特権や優遇を得てきた。これは別に誇張でも誹謗でもなく、遥か古代から始まって現在まで延々と続いている事実だ(今ある宗教法人の免税もその一つだ)。

他にも、他国や他民族に対する偏見や差別、少数民族に対する侮蔑や虐待が世界中に存在してきたし、今も存在する。人身売買、売春の強要、略奪、凌辱、強姦、虐殺、私刑も古い時代から未だに続いている。

平等の歴史的背景改めて考えてみると、人間はどうしてこんなにも差別が好きなのだろうと思ってしまう。持てる者・上位の者は常に持たざる者・下位の者を差別してきた。歴史を見れば人間の差別好きは相当古い時代まで遡ることができる。おそらく大洪水の後の、世の中が安定してきたころから始まったと考えられるので、だとすれば一万年以上は続いていることになる。

もう一度言うが、何故人間はかくも差別が好きなのだろう。原因の一つは戦争が考えられる。古来より戦勝国は当地での略奪の限りを尽くした後、敗戦国の人々を奴隷として本国に連れ帰った。国や時代によって扱いは違うが、労働を強制したのはどこも同じだ。古代ギリシアや古代ローマでは労働は下品なものと見做され、重労働だけでなく、掃除や洗濯、料理までも奴隷にさせていたという。現在もそうだが、勝った方は善で正義、負けた方は悪で邪(よこしま)という短絡的な判断が昔も今もなされている。こんな野蛮で非合理な考えを、人類は何千年にもわたって引き継いできた。

もう一つ人間がかくも差別が好きな理由がある。それは遥か昔から人間を虜にしてやまない『優越感』だ。これはあまりにも心の奥深くに根を張っているため、日常の中では簡単には気付かないものだが、男女の関係や他の人との接触の中で、不意にそれが姿を現すことがある。そうなるともはや自分では制御が利かず、優越感を持てないとなれば、何が何でも手に入れようとのた打ち回る人もいる。そして一旦手に入れると、恍惚となるほどその優越感に浸る。

これは人間の心の弱さからきていると言えるだろう。自分に自信のない人、および他人との関係の中で和を実現する情愛を持てない人は、何らかの目に見える形で自分の立ち位置を確保しようとする。すなわち社会的に認められた地位を得ようとする。この最も手っ取り早い短絡的な方法が、自分以外の誰かを、または自分が属する集団以外の者たちを差別する結果を生み出す。

誰かが初めにこのようなことをすると、それは連鎖を生む。よく言われることだが、差別された人々は自分を救うために、さらに自分たちより下の者を探し出して差別しようとする。そしてこの心理が働いて次々と差別を生み、やがて階級が生み出されていく。これは現在のいじめにも通じるものがあるだろう。差別的な状況の中で歪んだ心を持った者は、歪んだ形で優越感を求めるのだ。

差別は歴史的に徐々に改善されてきたように思われているが、それは人々が学校で人類は進歩発展するものだという洗脳を受けてきからであって、未だ本当に改善されたわけではない。

また逆説的な言い方になるが、差別を無くするだけで平等が実現するわけでもない。


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