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新たな世界観-善悪のからくり.2

さて話を本筋に戻そう。人間は自意識を持ち目覚めたが、解放されて自らの道を歩んだわけではない。人間と人間の奴隷について今述べたように、神々=異星人も自意識を持った人間を一旦突き放したとはいえ、支配するのを諦めたわけではなかった。彼らは新たな作戦を練り、遠い将来、人間を再び自分たちの奴隷にしようと目論んだはずだ。その巧妙な手段の一つが善悪の概念を人間の意識に埋め込むことだった。人間はこれによって自ら二律背反の世界を作り上げていった。先程の聖書の文章をもう一度読んでみよう。

『見よ、人は我々の一人のようになり、善悪を知るものとなった』

神々(=異星人)のように人も善悪を知る者となった、と書かれているのをそのまま信用するなら、この異星人たちは自分で自分の愚かさを暴露していることになる。しかしこれは恐らく人類を洗脳するために後に誰かが書き換えたか、書き加えたものだろう。地球へやって来た異星人や高次元霊が善悪に根拠などないのを知っていたのは当然のはずで、こうした言葉を残すとは思えないからだ。

これは後に地球上で闇の支配者となる者たちが、人間を彼らの小羊に仕立て上げ、『楽園という名の牧場』で飼えるようにするためにあえて書いた、あるいはあえて書かせたものだと思われる。分かりやすく言うと、善悪を絶対的な基準であると思わせることによって、真実を見えなくさせるためにこの一文を入れたのだ。

古代において、特に神話の世界において、善悪の概念は存在しない。様々な地域に親殺し子殺しなど、生々しい出来事を述べた神話はあるが、しかしそれらについて何処にも善いとか悪いとかいった表現は出てこない。したがって善悪は後に何者かが作為的に造り、蔓延させたものだという疑いがある。それは人類を常に混乱と対立の中に置こうとした神々=異星人たちが意図したものだろう。

それが功を奏し、やがて人類は正義だの聖戦だのと言うようになり、戦いや人殺しが正当化されるようになった。神々=異星人は、自分たち自身は縛られてはいないその善悪の概念を、人間界に蔓延させることによって人間同士の分裂を図り、憎悪にまみれさせて冷静な目を持てなくし、それによって、人間の注意を自分たちに向けさせないようにした。また人間に善悪に止まらず、様々な二項対立の概念を刷り込むことによってさらなる思考の混乱を招かせ、人類が真実に近づけないよう様々な画策をした。すなわち後の闇の支配者となる神々=異星人は『人間牧場』実現のために、善悪を知ることが神のような知性を得ることであると偽って、人類を混乱させるためにこの概念を蔓延させたのだと考えられる。

このように我々人類は太古にすでに洗脳され、押しつけられた基準で世界を見てきた。それ以来数万年に亘って、人類は正しい世界像を見ることはなかった。常に二律背反的な分裂した世界を見つめ、一切のものが関係し合う一つの宇宙を思い描くことはなかった。

しかし現代になってある変化が起きた。それは支配や洗脳を目的としない異星人=高次元霊が、破局が避けられそうにない人類の状況を見て援助の手を差し伸べ始めたのだ。こちらの異星人は自分たちの文化を押し付けたり技術を供与したりするのを避けて、密かに人類を見守ってきた。それは彼らが、地球人が独自に作り上げる文化に学ぼうとしていたからで、いくら稚拙だとはいえ、彼らの思いもしない発想を人類が持つ可能性を排除できなかったからだ。しかし今や人類は自ら破滅しかねない状況を招き、また破滅の仕方によっては太陽系の他の惑星や近隣の星々にまでに影響を及しかねない事態に至ったため、彼らは慎重に行動を起こし始めた。この異星人は人類を支配しようとする先の異星人とは元々は同じ仲間だが、太古に袂を分って別々に行動してきた。彼らは他方の仲間の動向を見据えながら、重要な節目々々に人類に関与してきた。

この異星人は古代においては地球のいくつもの村に日常的に訪れ、人間と親しい付き合いをしてきた。人間の方もそれを当たり前のこととして受け止め、様々な情報を貰っていた。その接触は次第に減ってきたが中世に至ってもなお続き、地域によっては近代まで交流があった。しかし西洋でルネッサンスが始まって以来、自己中心的、物質至上主義的傾向が強まり、さらに西洋中心、地球中心の発想に凝り固まっていったため、彼らは地球人と距離を置くようになった。こうして地球人類は宇宙全体との親和力を失って宇宙の孤児となった。

しかし20世紀に入ると、彼らは『空飛ぶ円板』で再び姿を見せ、色々な媒体を使って再び人類にメッセージを発信するようになった。やがてUFO写真が出回るようになり、じきに異星人と接触したと言う者も現れ、やがて具体的な多くのメッセージが書物として出版されるようになった。

改めてこの流れを見てみると、異星人が自らの存在を徐々に人類に慣れさせてきた経緯が読み取れる。しかしこちらの異星人は支配が目的ではないので、やり方は非常に慎重で手が込んでいた。例えば彼らと接触した人々が出版した本を見ても、ある本では断定的に語られている内容が、他の本では少し違うふうに語られていて、読む人が自分で考えて真実を見極めなければならないように仕組んでいる。もしそれぞれ全然違う星から来た異星人たちや、全然違う次元の高次元霊たちが皆同じことを言ったとしたら、人間たちは深く考えることもなく、単純に信じてしまっただろう。しかし彼らはあくまでも人間に選択の余地を残し、自ら考え判断しなければならないよう配慮した。

新たな世界観-善悪のからくり.2この人類援助のために活動している異星人は一体我々に何を期待しているのだろう。それは洗脳からの目覚めだ。人類は長い歴史の中で数多くの誤った概念を持たされ、それによって誤った判断を強いられてきた。すなわち善悪の基準で物事を考えるよう仕組まれ、人間には神々=異星人のような能力は備わっていないと信じ込まされ、宇宙に知的生命が生まれるのは非常に稀で、近隣の星では地球にしか生命は存在しないと思わされ、法律、常識、慣習、信仰、政治など、これらのものは元々あったもので、それなりに根拠があると信じ込まされ、学校の教科書や医者、教授、コメンテーター、坊主、神父などの言うことが正しいものであると思わされてきた。

これらの偽物、嘘、まやかし、出鱈目から人類を目覚めさせるために、異星人=高次元霊は何世紀も前から一大プロジェクトを立ち上げ、段階を踏んで計画を実行してきた。すべての洗脳から一気に目覚めさせるのは、多くの現状維持型の人間にはショックが大き過ぎ、また全地球的混乱を招く虞(おそれ)があったので、彼らはまず先駆者を選ぶことから始めた。彼らは何世代も前から先駆者となる者が生まれる血筋を決め、生まれる前の段階から、先駆者となる者と霊的次元で一緒に計画を練り、合意していた。ただしそうした先駆者も、この世に生まれてくる時には記憶を消されて来るので、大変な精神的社会的苦痛を受けた結果、合意してきた計画を実行できない者も多く出た。

初めの何人かは嘲笑、罵倒、誹謗、中傷などに晒され、挫折する者もいたが、中には挫けずにメッセージを発信し続けた人もいて、その結果世の中に彼らの言うことを真剣に受け止める人々が現れた。そうした人たちの中には、何も解らず先駆者を崇拝してしまう人もいたが、多くは無意識に何か世の中が変だと感じて真剣に先駆者の発言を聞く人たちだった。

このように異星人=高次元霊は人間を強制的に目覚めさせることができるにも拘らず、決してそうはせず、徐々に人間自らの目覚めを促してきた。その理由の一つは人間の自主性、主体性を尊重しているからであり、もう一つはもし彼らが人間自らが考え気付く機会を奪ってしまったら、それが自分たちのカルマとなり、償わなければならなくなるからだ。

彼らは様々なヒントを人間に与えているが、それでも頑(かたく)なに現在の価値基準を信じ、それを守り続けようとする人間は彼らにしても手に負えない者であり、やがて時が煮詰まればそれなりに振り分けられるのも止むを得ないと見ているようだ。すなわちお金や宗教や身分などに執着する者は肉体を脱いだ(死んだ)後も、そうした世界に引き込まれ、自分と似た者たちと、この世でやってきたことを繰り返すことになる。またそうでない場合は、今の地球に似た星に再び生まれてやり直すことになる。いずれにしても彼らは波動の上がった地球には住むことはできなくなるだろう。

今特別な知識がなくても、あるいは天からのメッセージが貰えなくても、物やお金や常識や宗教や社会的な地位、名声といったものへの執着から離れ、人を羨んだり憎んだり怒ったりせずに他人のために役立とうと生きていれば、必然的に新しい世界に入って行けるだろうと思う。それは悪いことをしなかったからとか、いいことをしたからとか、そういう意味ではない。そうした生き方ができるのは魂が浄化されていることを示しているからだ。

魂の浄化は口先だけで美しいことを言っても実現されない。単に純粋で穢れがないのは無知に等しく、心の深みや表裏・陰陽の立体性を持たない浅薄(せんぱく)なものでしかない。有意(ゆうい)で価値を持つのは社会の汚泥にまみれても純粋さを失わず、穢れてしまわないことだ。すなわち、どんな理不尽な経験をしてもそれに押しつぶされたり、心が曲がったり、人を信じなくなったりせずに、清い精神を維持していることだ。

その精神が、実は目覚めの基となる。この目覚めとは何度も言ってきた、古代からなされてきた洗脳からの目覚めだ。特別の知識や、霊界や異星人からのメッセージなどなくても(ない方がいい場合が多いが)、目覚めることによって世の中の嘘や間違いやからくりが見えてくる。そしてその洗脳から解放されれば、その度合いに応じて本来あるべき世界の姿が見えてくる。


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